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フランス料理と懐石の邂逅:なごみ3月号(1996)「フランス料理でお茶を一服」


     フランス料理と日本料理を合わせて行こうと言う試み、あえて言うならば、懐石料理をフランス料理で出来ないものか?と言う試みは、大分、昔からあった試みなのではあるまいか?
    懐石料理は元々は、坊さんの食事(修業)の一形態であるから質素を旨としたものであって、 今の様な華美なご馳走となったのは、大正時代の益田鈍翁あたりの影響であろう。 これは、日本人の生活が豊かになってきた事の証左の一つであろうけれども、今ある食(食生活)を軸にして他の食事を取り入れたり、逆に影響を及ぼしていこうとするのは、 他の文明や文化に触れた際の社会のベクトルの一つだと思う。
    そもそも懐石を茶事と言う流れに据える茶の湯・茶道とフランス料理とは、構成や成り立ちを異にしているし、精神的・理念的な背景としては「相手をもてなす」とか 「主客と主賓の満足」などと言う部分では重なり合う事はあれども、極論すれば、違う世界の異世界同士の住人とでも言った方が良いだろう。
    なので、この淡交会(裏千家)の企画が、”フランス料理で茶事をする”などと言う壮大なものよりも、フランス料理で茶事を考えた際に、1996年の時点でどれだけお互いに乖離があり 、どれだけお互いが認め合って刺激し合えるのかと言う一つの確認作業であったかの様に思う。

    さて、この企画の一番の眼目は、フランス料理の大御所級の人物4人がメニューを作るところにあるが、このメニューにそれぞれの持ち味(思想)が出ていて面白い。

    (三國氏の煮物椀と上原氏のデセール。なごみ3月号1996年(淡交社)より)




    < 勝又登氏のメニュー >

    〈向附〉
    Les Oeuf en gelee a la fermiere

    温泉玉子と鰯のスモークのゼリー 農場主風

    〈煮物〉
    Veloute de truffes au bulbe de lis

    ゆり根とトリュフのヴルーテ 箱根風

    〈焼物〉
    La parquet de Ama-dai au beurre de revisses

    初島沖甘鯛の小包み仕立て 蛤と白ワインソース

    〈強肴〉
    La ragout de Chamo de Amagi au chambertin

    天城軍鶏のシャンベルタン煮込み

    〈主菓子〉
    Le parfait a la marjolaine

    マルジョレーヌ風パルフェと熱海みかんのコンポート



    < 井上旭氏のメニュー >

    〈向附〉
    Dome de crabe aux caviars

    たらば蟹のサーモン包み キャビア添え

    〈煮物〉
    Flan de foie gras aux truffe

    フォアグラのフラン トリュフ風味

    〈焼物〉
    Escalope de bar braiseee Ile-de-France

    スズキのブレゼ イル・ド・フランス風

    〈菓子〉
    Compote de poires avec mousse de marrons

    洋梨のコンポート マロンムース添え



    < 三國清三氏のメニュー >

    〈向附〉 L'erol du faisan

    雌・雉胸肉のマリネ ブランデー風味 芽ネギ添え

    Le repos de la Becasse

    山鴫と鵞鳥の肝のカナッペ仕立て 無花果と赤酸塊のコンフィ和え

    La "Kikusiennne"

    希少・特大天然幻、内田ザリガニと帆立貝の”菊ジェンヌ”三色のマスタード風味

    〈煮物〉
    La nage sous la neige

    地金目鯛の赤丸大根風味メレンゲのせ そのブイヨン仕立て シェリー酒の薫り

    〈焼物〉
    La Tableau vivant aux trois cuissons

    小田原手長海老グリエ、フォアグラ・クロケット、ソーモンと舌平目の蒸し焼き煮、三種のキュイッソン仕立て”アジア・モダンスタイル”

    〈菓子〉
    Le Billard au chocolat

    ブラック、ピンク、ホワイトのビリヤード・ショコラ



    < 上原雄三氏のメニュー >

    〈向附〉
    Salade de saummon cru au miel aux navets et au caviar Beluga

    ノルウェー産サーモンの蜂蜜マリネ かぶ・ベルーガキャビア添え

    〈煮物〉
    Creme de poivron rouge au foie gras poele

    赤ピーマンのクリームスープ フォアグラポワレ入り

    〈焼物〉
    Homard et ormeaux roti al'Americaine truffee

    オマール海老と鮑のロースト トリュフ風味のアメリケーヌソース

    〈菓子〉
    Mille-Feuilles de fraise au parfumu du the vert

    いちごのミルフォイユ 抹茶風味


     どの方もフランス料理のメインにあたる〈焼物〉には、魚か甲殻類を充てていて、前菜にあたる〈向附〉やスープ〈煮物〉を含めて四つ足の動物は使っていない(これはコンソメ他、目に見えない部分は定かではないが) 。そして、勝又氏を除いた3方はフォアグラを使っていて、井上氏や上原氏は懐石料理の華とされる〈煮物(椀物)〉にフォアグラを大きく使っている。
    また、勝又氏、三國氏がフランス料理を前面に出すと言うよりも、懐石・和食に寄り添うメニュー立てであるのに対して、井上氏、上原氏は正面から正調のフランス料理で攻めて、 自分達の組み立てたフランス料理のメニューの後で抹茶を飲んで美味しいかどうかを味わって欲しいと言う陣立てで、対照的なメニュー構成になっているのが面白い。
    三國氏の構成は、〈向附〉を3種類として八寸の様な膨らみを持たせている点や、〈煮物(椀物)〉に金目鯛をベースに大根を被せて椀物のタネにしているのは懐石(和食)との重なり合いを出している部分であり、 フランス料理と懐石とのバランスを図った構成になっている。
    そして、勝又氏はこの企画の中でお点前をしている写真がある様に、ご自身も茶の湯・茶道に造詣が深いのであろうか、和食にはつきものの百合根(bulbes de lis)を 〈煮物〉にしていたり、〈向附〉を”農場風(ala fermiere)”として野菜を散らす中でサーモンを小屋の様に仕立ててあり、茶室のイメージに通じるしつらえを感じさせている他、 〈焼物〉で鯛の中にピラフを入れる構成が、”米の美味しさを味わう”と言う懐石を通しての茶事を意識しているのは特筆すべきものであろう。
    懐石、フランス料理とも、要は美味しいものを食べましょうと言う点では同じかもしれないが、懐石の場合にはどうしても「茶事」と言う一連の流れの中での制約を考えなくてはならない 部分があり、その部分を巧く反映させている点で、この勝又氏の一品は流石と言うべきであろう。

    以上が、大御所級4人の方の手になるメニューでしたが、自分がこの企画に興味を持っているのは、お互いに背景や成り立ち、果ては目的までも違うものがすれ違う(ぶつかった)際に どういう変化が生じ得るのかと言う点である。
    近時のフランス料理の大革命と言われる”ヌーベルキュイジーヌ”も、元々は辻静雄がポールボキューズに、懐石料理(吉兆)をご馳走した所から始まっていたりする。 それは、確かに、フランス料理を日本料理に変換させるようなorフランス料理に日本料理の枠組みを入れるようなものではないけれども、日本料理と出会ったフランス料理に 化学変化が生じたとも言える現象だったとも言える。
    社会や文化が一定の動きを持ち続けている際に、お互いが出会う(邂逅)時、そこに何らかの軋轢や刺激から新しいモノが生まれてくる契機になるのが、一つの道理であろう。 それが、出会った(邂逅した)時に直ぐに分かる変化ばかりではないだろうが、1996年と言う平成の初期の企画から、今後何が繋がって行くのか?
    それは、新しい元号を迎えようとする2019年現在の愉しみの一つなのである。
    なかんずく、茶の湯・茶道も高齢化や生活スタイルの変化で従前の在り方を踏襲だけしていく時代でもないだろう。
    50年ほど前のヌーベルキュイジーヌは、日本料理がフランス料理に新しい革新の息吹を吹き込んだ。
    果たして、1996年3月のこの企画は、日本の茶の湯・茶道や日本料理に新しい動きをもたらすのであろうか?
    是非とも、ワクワクして見守っていきたいものである。

    (お点前をする勝又登氏。富士山釜と氏の経営するオーベルジュミラドーとの取り合わせの妙。なごみ3月号1996年(淡交社)より)