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大正の饗宴の儀のメニュー:昭和の饗宴の儀のメニュー:平成の饗宴の儀のメニュー


    2019年5月1日。いよいよ新天皇が即位されます。
    明治維新以降の近代化を進めた日本において、国是として採用された欧化の波は、宮中の晩餐会にも影響を及ぼします。
    宮中の晩餐会の正餐はフランス料理。
    自国には無い食文化を欧米諸国に遜色ない形で披露するこの道のりの大変さは、宮内庁大善部の秋山徳蔵に負う事は、少し前のテレビドラマでも放映されたので覚えておられる方も多いでしょう。
    秋山氏の偉大な業績は、また時期を改めてと思いますが、今回は御大礼にどの様なものが出ていたのかと言うのを書き記しておきたいと思います。

    (左)宮中のすっぽんのコンソメ:昭和天皇のお食事(旭屋出版)より:晩餐会では身を入れずに卵とヒレだけを使うとの事
    (右)昭和天皇即位の御大礼メニュー:秋山徳蔵のメニュー・コレクションより







    大正天皇即位の饗宴の儀のメニュー
    (大正4年11月7日)

    鼈清羹
    (すっぽんのコンソメ)

    蝲蛄濁羹
    (ざりがにのポタージュ)

    蒸茹鱒
    (ますの酒蒸し)

    被包肥育牝鶏
    (とりの袋蒸し)

    烹炙牛繊肉
    (ヒレ肉焼肉)

    煮熟冷鷸
    (うずらの冷たい料理)

    椪柑凍酒
    (オレンジと酒のシャーベット)

    燔焼吐綬鶏 変品 鶉 生菜
    (七面鳥のあぶり焼き、うずらのつけ合わせ、サラダ)

    湯淪溏蒿
    (セロリの煮込み)

    氷菓
    (アイスクリーム)

    後段果実生菓各種
    (デザート)




    昭和天皇即位の饗宴の儀のメニュー
    (昭和3年11月17日)

    Consomme Tortue Claire
    (すっぽんのコンソメ)

    Truite Saummones Sauce Diplomate
    (鱒の外交官風)

    Chaud-froid de Caille en Belle-vue
    (うずらの冷製 ベルビュ風)

    Fillet de Bouef a la Jardinire
    (牛のフィレ肉 園芸師作り)

    Sarbet au vin de Champagne
    (シャンパン酒のシャーベット)

    Celeris Sauce Moulle
    (セロリー 骨脂ソース)

    Dindonne aux truffes rotis
    (若七面鳥のロースト トリュフ入り)

    Pudding a la Imperiale
    (プディング 皇帝風(皇帝作り))

    Dessert
    (デザート)




    平成の饗宴の儀のメニュー(神献立)
    (平成2年11月12日)

    かすと鯛姿焼 海老 鮑 鴨串焼 鮟肝 黄柚子釜 百合根 ちしゃとう

    魚介の酢の物 スモークサーモン 帆立貝 鮃目 わかさぎ

    牛肉のアスパラ巻き ブロッコリー 生椎茸 小玉葱 トマト

    鱶ひれ茶碗むし 舞茸 みつば

    鮎 鰻 若鶏 紅葉麩 慈姑 銀杏 □

    鯛曽保呂 筍 干椎茸 干瓢 金糸玉子 紅生姜 

    伊勢海老 くずよせ 松茸 芽かぶ

    甘味


    (左)即位の大礼 第1日目、第4日目の第二回のメニューの様子:(右)即位の大礼で頂く杯





    上記で明らかな様に、大正天皇の即位に伴うメニューは非常に豪華である。
    これは、1915年と言う事もあり、まだヨーロッパの大国において帝室・王室が健在であり(ロシアのロマノフ家・オーストリアのハプスブルグ家・ドイツのフォーエンツォレルン家)、フランス料理のメニューと言えば、非常に多くの品数を出すのが一つの格式であった。
    一方、昭和天皇の即位に伴うメニューも大正天皇より品数は少ないが、豪華な内容であり、国家の威信と不可分な即位式のメニューとしての構成が練られている。
    共に①すっぽん、②鱒、③鶉、④七面鳥、⑤牛肉、⑥セロリが使われている点が興味深く、すっぽんのコンソメとセロリの煮込みが使われているのが特徴でもある。
    大正天皇のメニューについては、「ザリガニ」を始めとして今となっては使われない漢字を使っての記名も見られるが、七面鳥のあぶり焼きとはあるが、「燔(ひもろぎ)」と読む字を使い、神に捧げるの意味を盛り込んでいる点には重要な意義を見出すことが出来る。
    また、”鷸の冷製(うずらの冷製)”とはあるが、「鷸」の字の意味としては「シギ」を表わしている点や、”椪柑凍酒(オレンジのシャーベット)”とあるが、「椪柑」の字の意味としては「ポンカン」を表わしているのは不思議な点ではあるが、よもやシギをウズラ、ポンカンをオレンジとする意味も無いだろうから 、メニューを考えた秋山氏の何かの熟慮があるのだろう。

    大正天皇のメニューにある”被包肥育牝鶏”は、おそらく現在の肥育鶏のヴェッシー包み(poularde en vessie)と呼ばれる料理かと思われる。ヴェッシーは高級料理の一つではあるが、豚の膀胱を使うために”匂い”の問題があるので、果たして宮中の料理にそのままの膀胱を使ったのかは難しい様に思うが欧米のスタンダードと言う事で敢えて使った可能性もあるのだろう。
    昭和天皇の即位の大礼メニューでの”鶉の冷製 ベルビュ風”とあるが、これは元来、フランスのポンパドゥール夫人に因んだ品とされ”Chaud-froid(ショーフロワ仕立て)”とある様に、ゼリー状のショーフロワソースをかけた一品である。 これが、大正天皇のメニューの”ウズラの冷製”と同じ仕様かは判然としないが、古典的なフランス料理においてはウズラの冷製の場合にはショーフロワ仕立てになっている風が通常の扱いかと思う。
    (ウズラのショーフロワ仕立て:Chaud-froid de Caille en Belle-vue は、エスコフィエのメニューに載る古典的なフランス料理の一つである。秋山徳蔵は渡仏中にエスコフィエの下で半年働いた事がある。)
    そして、昭和天皇のメインのデセールにある”プディング 皇帝風”は、秋山氏の相当の苦心作であろう。
    古典的なフランス料理のメニューの一つに”riz imperatrice(リ アンペラトリス)”と呼ばれるものがある。単純に言えば、お米を使ったライスプディングなのだが、フランス料理界一般的にはriz imperatriceにはナポレオン三世のお妃であるウージェニーを表すとされる。 また、imperatriceは直接的には「皇后風」と言う意味合いが先に連想される(「皇帝風」と言う意味がないわけではない)ので、プディングを使ったデザートを考えたときに、その連想のバッティングを回避するために”imperiale(アンペリヤール:皇帝風)”のプディングと言う形で新しいメニューを作ったものと考える。
    もちろん、フランス料理は貴人に捧げる(因んだ)形でのメニュー形成が行われてきた歴史があるので、当時の大日本帝国の国家的威信がかかったメニューに新しい名前とスタイルのモノを作るのはむしろあって然るべきと思うのだが、このメニューを無理の無い(かつ帝国の威信を示す)メニューとして作り上げるのに秋山氏の相当の苦労があった事だろう。

    他方、先帝二人の場合に対して、平成の饗宴の儀のメニューは打って変わって和風になっている。
    この理由として、招待者の人数が増加した事に伴う実務的な理由があったとされる。
    メニューの内容としては、フカヒレの茶碗蒸しが目を引くところであるが、古来から貴人の食卓に捧げられた「鯛」や「伊勢海老」「鮑」が使われている点や、宮中で昔から食されていた「鮎」が使われた点に従来のメニューとは違う趣を感じさせる。


    即位の大礼 第2日目~第4日目の第一回のメニュー