LINEで送る このページを Google Bookmarks に追加

Menu カールの戴冠(実際のお料理)@ A ta guele

    2018年12月のある日、フランス料理店ではクリスマスの準備に忙しい中、先日、カール大帝の戴冠式にちなんで作ったメニュー構想を基にして、わたくしルイの為に、A ta guele の曾村シェフが実際にお料理を創って下さいました。

自家製キャビアとそば粉のブリニ:caviar ala maison et blini de sarrasin


    キャビアは非常に高価でクリスマスを祝うのに相応しい一品ですが、丁度この時、アタゴールではチョウザメの大きいのが入ったので、それで自家製のキャビアを作っていたそうで、それをアミューズに頂きました。
    チョウザメは英語ではエンペラーフィッシュ(emperor fish)ともキングフィッシュなどとも呼ばれ、ローマ時代から食べられている由緒正しいお魚でもあります。
    今回、西ローマ帝国復活の戴冠式にちなんだメニューの最初を飾る一品として、プレローマ(pleroma:文字通りローマ以前とも考えられるし、宗教的な意義としての充足したとも言える)を顕した素晴らしい一品です。

    自家製のキャビアだけあって魚卵の甘さと塩の加減が丁度良く、これだけではなくもっと欲しいと思う欲張りなワタクシですが、お約束の蕎麦粉のブリニでご機嫌な一品です。

オニオングラタンスープ:a l'oignon gratine


    2品目、スープとしてオニオングランタンスープが出てきました。冬の寒い日に飲む飴色の玉葱のオニオングラタンスープは美味しいのと身体をホコホコとさせてくれる素朴だけど贅沢なご馳走の一つです。
    しかし、今回のこのスープは只のオニオングラタンスープとは違う様です。
    良く見ると、薔薇の花の様なモノが乗っています。これは「ハム」のようですね!。

そうだ!ゲルマン民族はオニオンを生のまま齧り、獣の油を髪に塗っていたと言う記述がローマにあった筈!!きっとこの「ハム」はゲルマン民族を表わしているにちがいない!!

    なるほど、カール大帝のフランク族もゲルマン民族だからと言う事ですか……なかなかに捻りが効いた演出。
    (後で、曾村氏に聞いたところ、やはりゲルマン民族を象徴する形で、「ハム」と「オニオン」を使っての一品を作ったとの事でした。)
    上でルイが叫んでいた様に、ローマ帝国の後半は度々侵入するゲルマン民族に対して頭を悩ます日々が続きます。当時の上品なローマ帝国からすれば、ニンニクを齧り、頭にポマードの様に獣の脂を塗るなんて野蛮以外の何ものでもなかった訳ですが、その力が満ち溢れている壮年期のゲルマンと衰退期のローマ帝国とでは自ずから戦いの帰趨は見えていたでしょう。
    カール大帝のカロリング朝もそうした英気溢れるゲルマン民族の一つではありましたが、他のゲルマン民族とは違って遠くヨーロッパ中を横断する事なく、自分達の生まれ故郷であるフランス・ドイツの辺りを少々移動したに過ぎなかった事もあり、大国となる力を損なわずに着々と地歩を固めていったのでした。

ホロホロ鳥とそば粉のタジンスタイル: pintade avec spetzlli de sarrasin en tajine


    次は、トゥール=ポワティエ間の戦いを模してタジン鍋を使って料理にして欲しいと言う無理難題だった訳ですが、この様なアツアツのグツグツで見るからに美味しそうな一品が出てきました。
    アツアツに煮えたぎるタジン鍋の中に一際存在感をもって横たわっているホロホロ鳥があります!!
    古来、ローマ帝国の時代に、ホロホロ鳥は貴人しか食せなかった高級な食材でした。なるほど、ローマの貴人を表わすホロホロ鳥が危機に曝されている……そんなシーンが浮かんできます。

この赤いのは何だろう???頂きまーす!「み、み、みず」を~~~~~~!?☆♪


    あれあれ、ルイ君は赤いモノに”奇襲”を喰らったようですね。
    トゥール=ポワティエ間の戦いは、数の上で勝るイスラム軍に対して、フランク王国の軍は寡勢で、その活路を奇襲に求めました。
    総司令官を失ったイスラム軍は敗走し、ヨーロッパ世界はイスラム化を免れる事になり、今のスペイン国境で数百年に亘って睨み合いが続く事になります。
    この「赤い物」はピカマチス……実は、今回初めて食べたのですが、最初は全然辛くないのですが、時間差でもの凄い辛さが口を襲ってきます。
    スープが熱さ、ピカマチスの辛さは、この戦いの重要さと熾烈さを表わしたものでしょう。ヨーロッパとイスラム……お互いに何時果てるとも知れない戦いを表わすのに、このピカマチスとスープの暑さは抽象的ではなく、もはや具体的であったとする思えます。
    (曾村氏曰く:イスラム教の人達に敬意を払って”鶏系”の食材をメインに構想を練りました。やはりイスラム系の人々は食材へのタブーもあるので、その辺も意識しているところです。との事)
    タジン鍋が表わすスペインから北アフリカに広がるイスラムの世界。それは外側から見れば強大なサラセン帝国(ウマイヤ朝)の姿が見えてきます。しかし、トゥール=ポワティエ間の戦いが行われた732年から20年余り後には、この帝国も内部からのクーデターによりアッバース朝に替わり、幾つかの王朝に分裂します。
    トゥール=ポワティエ間の戦いはフランク王国の勝利に終わりましたが、歴史家の中にはフランク王国が勝利した事で中世の暗黒時代がもたらされたと考える人もいるようで、こればっかりはIFを考えても詮無き事ですが、かつて西ヨーロッパを混乱させたゲルマン民族が、今度は西ヨーロッパ世界を守護する。 そんな運命のいたずらを感じずにはおられません。

    今回、蕎麦粉がアミューズと、この前菜に登場しています。蕎麦粉はフランス語で Sarrasin (サラザン)。即ち”サラセン帝国”の事を表わしているのです。
    これは、蕎麦粉がイスラム地域が原産と言う人もおれば、黒い蕎麦の実が中東やアフリカの人の肌の色に近いからとか色々なお話があるようですが、今回のお料理ではホロホロ鳥の下に蕎麦粉で作った手打ちのスパッツェルが入っていて、それをグツグツの煮たモノを食べると言う構成でした。
    そういう意味では、「タジン鍋=イスラム」「蕎麦粉=イスラム」「ホロホロ鳥=ローマ(ヨーロッパ)」が「鍋」の中で統合された実に高度なお料理だと思います。
    が……実は、その裏に、「蕎麦のスパッツェル(=パスタ=麺)」「ホロホロ鳥=鶏(鳥)」「熱々のスープ」と言う事で、”年越しそば”の意味をも重ね合わせていた仕掛けがあったのです。
    一つの料理をして二重・三重の重層的な構造を持たせる……これは、ひとえにその料理人の感性であり、技量でしょう。
    他方、食べ手は、そんな謎解きをしつつ料理を楽しむ。これこそ”一座建立”であり、「かくも贅沢な」事はそうそうはないわけです。

    もちろん、贅沢なのはお味の方ももちろんで。
    鶏よりも脂っ気が無く、その分柔らかい肉の味をダイレクトに味わえるホロホロ鳥に、蕎麦のスパッツェルを歯にキュッキュッと噛みしめながらタジンで煮えているスープを絡めて食べる……時折、口を襲うピカマチスの刺激をアクセントに舌鼓を打つと、一層、ホロホロ鳥の繊細な味が浮き彫りになります。
    こんな美味しい物をお互いに食べられたら、フランク王国とイスラム帝国との間に、それこそバトルは無かったかも?などと思いつつも消えていく一瞬の味覚を追いかけて行くのでした。

お口直しのグラニテ:granite aux carottes et mandarines ”Benimadonna”


    ピカマチスの辛さを潤わせるお口直しのグラニテは、鎌倉人参と紅マドンナを使ったシャーベット。
    紅マドンナとは何ぞや?とこれもまたお初の食材だったのですが、愛媛県で出来た新しい柑橘類の一種との事で、人参と柑橘類と言うある意味安定感のある組み合わせでしたが、これでお口もさっぱりして次のメインディッシュに備えます。
    人参のカロチンにビタミンCを合わせるのは栄養学的にも推奨される組み合わせですが、若干ある人参のエグさを和らげる意味もあるでしょう。人参の独特の味が目立たないくらい、そして柑橘系の甘い味が湧き上がってきます。
    A ta guele では鎌倉野菜をメインに使っていますが、この鎌倉野菜を食べると土の味がはっきりと分かる程の味の濃さと新鮮さを感じるので、やはり素材の味の吟味は何より美味しい料理を創る一丁目一番地と言う事でしょう。

下諏訪産日本鹿、内もも肉のマジョルドーム:cuissot de chevreuil ”Simosuwa”majordome


    下諏訪の鹿肉をフランベする瞬間。肉を烘る(あぶる)シーンはある意味これからご馳走が到着するぞ、と言う一つの宣言でもあります。
    また、大ぶりの肉に火を通す事で、メインに出す部分の火入れを丁度良く仕上げる意味もあるでしょう。
    (ワタクシはお酒が飲めないので)コニャックでのフランベは極々少量でお願いして、メインの到着を待ちます。



    待つ事、暫し……肉にフランベをした後の余熱で火が入るを待ちます。
    そして、登場した 鹿のマジョルドーム。
    マジョルドームが「執事長」と言うのは、このメニューの構想の所で書きました。最近のメニューを観ていると、鹿のローストに合わせるソースとしては、どちらかと言うとグランブヌール(grand-veneur:フランス王家の狩猟頭を意味する) が多い様な気がします。グランブヌールソースもマジョルドームソースも、共にソースポワブラードをベースにして、グランブヌールはグロゼイユのジャムや血を付け加えるのに対して、マジョルドームは栗のピュレを添えると言う違いがあります。特にマジョルドームがグランブヌールよりも手が掛かるのか?と言えばそんな事もないのかもしれませんが(どちらも美味しいソースを作るのはそれこそ大変な労力と神経を使うでしょう)何故か巷でよく見るのはグランブヌールと。
    もちろん、この2つのソースも今となっては古典の域に入るのでしょうが、、そのうち、エスコフィエなどは忘れ去られて、「鹿にスグリのジャムを合わせたローストです」とか、「鹿に栗を添えたものです」と言う様にお皿の前の事実だけを述べると言う様に表現が薄くなっていくのかもしれませんね。

    今回、付け合わせに3つのピュレが。(左)栗のピュレ(真ん中)ルバーブのピュレ(右)デュクセルが並びます。
    綺麗にローストされた鹿に、下にあるポワブラードソースと一緒にそれぞれのピュレを合わせて、合わせなくても、3つ一緒に合わせて食べても、どれも素晴らしい。
    少々甘味を押さえた渋めの栗の味は鹿の鉄分の強めの味に良く合うし、デュクセルのシャンピニオンの甘さは鹿肉自体の味を強めてくれます。ルバーブは甘酸っぱい味が逆に良いアクセントになってそれぞれの持ち味を改めて堪能。しかし、一番圧巻だったのは3つ一緒に混ぜ合わせて食べた時でしょう。鹿肉を中心に取り巻く「渋み」「甘み」「すっぱさ」の3つの衛星従える惑星を覆うポワブラードソース………
    鹿肉を中心とした宇宙の構築と言っても言い過ぎでは無い様な味でした。

ガレットデロア”冠”:gallete des rois ”Couronne”




    さて、メインも終わって暫し、楽しいデセールタイムですが………
    ガラスのクロッシュに覆われて恭しく登場したのが、このガレット・デ・ロア。
    どうやら、名前が付けられているらしく、「冠(couronne)」との事。
    そして、このガラスのクロッシュにはポインセチアの飾りが載せてあります。いやその右側を見ると葉っぱが束になっています。

ローリエの葉っぱが「冠」になってる!!
オリンピックとかで見る月桂冠だ!!

    そうです、何と、ガラスのクロッシュの上に「月桂冠」+「ポインセチア」と「冠」を被せたあるのです。
    ”皇帝(emperor)”は実は”王(king)”とは違います。王(king)は地域や民族の支配者を表わしますが、皇帝(emperor)は複数の民族を統べる場合に使う称号なのです。
    ガラスのクロッシュは「王」を、その上に”月桂冠”を載せる事で「皇帝」を表わしているのでした。
    「月桂冠」は、ローマ帝国の初代皇帝オクタヴィアヌスが元老院から帝号を贈られた際に被ったことにより、その後のローマ帝国の皇帝が被る習わしとなったもの。
    西暦800年のクリスマス、ローマ教皇レオ3世に加冠され晴れて西ローマ皇帝となったカール大帝を表わすのに、相応しい表現ではないでしょうか。
    クリスマスを表わすポインセチアと共に顕れた月桂冠……こんな素晴らしい意匠を持ったフランス料理を見たことはありません!!

    当初、デセールには「ズコット」をと構想していましたが、そんな事など吹き飛ばす見事な「冠」を創ってくださった曾村氏の発想力の見事さに脱”帽”するばかり。

    (その後、この「冠」は曾村氏からクリスマスプレゼントとして、ご一緒した方にプレゼントして下さいました。)

そう言えば、ガレット・デ・ロアの中味はリンゴ(紅玉)みたいだけど、
どうしてなんだろう??


    リンゴは、人間が獲得した「知恵の実」。当にキリスト教によるローマ帝国の復活と言う事を可能にした「知恵」の象徴を表わしているのでしょう。
    ローマ帝国も人間の生み出したものだけれども、この様なフランス料理の創意工夫も本当に料理人の「知恵」で進化(深化)してきている事を感じますね。

    カールの戴冠に思いを馳せて、料理の素晴らしさと、わがままなお願いを見事な形でお料理に仕立てた曾村氏の知恵と技量の余韻を楽しんでいると
    市川さんがもう一品を運んできてくださいました。


    「紅玉リンゴのスープ、同じく紅玉リンゴでパリソワール仕立てにしてあります。パイの後のお口直しに。」と
    おおっ、実は、先ほどのガレットデロアは一人一つのお品だったので、少々口がパイで一杯になっていたので、嬉しい不意打ちです。
    リンゴの甘酸っぱい味を再び良い感じで味わって、まさにリンゴ尽くしのデセール。

    しかし、今回のメニューを振り返ると、実はこの”リンゴ”のガレット・デ・ロアこそが、一連のメニューの中で一番の力点が置かれたものだった事が分かります。
    いや、それでも良いのです。そもそも今回のメニュー自体がイレギュラーなものであるし、カール大帝の戴冠と言う歴史的なイベントを表わした極めて高度なフランス料理だったのですから、メイン処が通常のメインの部分に無かったとしてもそれは全く問題のないことなのです。

食後のプチフールとコーヒー


    A ta guele では、食後にお隣の車両スペースに移って、最後の余韻を楽しむのがコースの流れになっています。
    最後は、コーヒーと、紅茶クリームのシュークリームを。
    今回の「カールの戴冠メニュー」、構想から始まって色々なやり取りを経て実現が出来ました。
    食事自体の美味しさももちろんですが、一私人の勝手な構想にお付き合いいただき、想像を超える感動を味わった2018年の12月。
    それは、平成最後のクリスマスでもありましたが、新しい元号への幕開けを感じる月日でもありました。
    人間は弱きモノゆえ、その知恵で様々な事を切り開いてきました。無論、料理の進化もそれに当たると思います。そして、フランス料理を愛する食べ手と作り手がいる限り、フランス料理の進歩と充実は止む事はないでしょう。
    何という素晴らしいクリスマスの晩餐だったのでしょう!!
    本当にA ta guele の曾村シェフ、市川支配人他皆さま有難うございました。この場を借りて改めて御礼を申し上げます。

Joyeux Noel !!(ジョワイヨー ノエル)