LINEで送る このページを Google Bookmarks に追加

Menu カールの戴冠(思うに至る)



    今を逆のぼる事1100年、A.D800年の12月25日、フランク王国の国王カール(シャルルマーニュ)に対してローマ教皇レオン3世が西ローマ皇帝の地位を宣言をする。 世に言う【カールの戴冠】である。これは、西ヨーロッパを実効支配するフランク王国の権力に対して、ローマ=カソリックの権威が、一地方の支配者に留まらず、 ヨーロッパ世界を統合する存在として認めたと言う証でもあった。
    この世界史的に重要な一大イベントを当時のヨーロッパ人はどれほど待ち焦がれていたであろうか。かつて不滅のモノとしてヨーロッパに君臨していたローマの分裂後、 476年に早々に滅亡した西ローマ帝国以来の、ヨーロッパに再び秩序と光をもたらす皇帝が復活したのである。

    奇しくも、2019年(平成31年)、本邦においては天皇家の代替わりに伴い新しい時代の幕開けを迎える。
    この時代の変わり目に当に在ると言う事を深く感じつつ、フランス料理のより良き新しい時代の訪れを大いに期待する意味を重ねて、この【カールの戴冠】(とフランク王国)に ちなんだフランス料理を食べてみたいと思い、A ta gueule の曾村譲司氏にお願いをして作って頂く事にしました。



    (左)神聖ローマ帝国冠(中)カール戴冠の図 (右)金色のカール大帝の棺





    さて、お願いする段として、カール大帝に関するものと、カールの戴冠に至るフランク王国に関連するものとを上手く選別して考えていかないと面白くないし、 何よりも、「美味しくない」。
    そして、それなりに自分の食べたいモノとメニューの軸足を整理してないで、ただ、「【カールの戴冠】にちなんだメニューを作ってください」と言っても、徒に曾村氏を困らせる事になるので自分なりにメニューの青写真は引いておかないといけない。
    と言う事で素人がアレコレと無い頭を絞って考えたのが、下記の【メニュー案】と【構想の趣旨】。




    カールの戴冠 メニュー案
    (平成30年12月某日)

    タジン鍋を使って(トゥール=ポワティエ間の戦いを表わしたもの)

    鹿をマジョルドームソースで

    カール大帝の戴冠の故事にちなんで「ズコット」をデセールに

    上記の内容をベースにアレンジを。

Menu カールの戴冠 具体的なメニューの構想の趣旨


    カール大帝に関するフランス料理としては色々とあるらしいのけれども、好物とされるのは孔雀の丸焼きだったようで、800年の戴冠式の後の饗宴には”炎を吐き出す孔雀”を出したとの事。 (これは、古いフランス料理には付き物の宴会料理だったらしく辻静雄も著作の中で書いてある)。 流石に、火を吐く仕掛けと言うのがどうするのかは謎なので(口に何か芯を差し込んでアルコールか何かで炎を吐いている様にするのかと思うが)、これをお願いすると言うのも難がある。
    また、かつて帝国ホテルの村上信夫が Fillet de Bouef Charlemangne と言う料理を出していた事があるようですが、折角のジビエシーズンに「牛」と言うのもちょっと残念である。
    なので、カール大帝をメニューの主軸においてメニューを考えていくと言うのは今回は止めて、カールに戴冠をせしめたフランク族のお歴々に因んだものからメニューを考えていく方向に切り替えた。
    (ちなみに、この Fillet de Bouef Charlemange は、カール大帝が好きだったと言う事では無く、”カール大帝が食べるくらいに贅沢な”と言う意味だと、村上氏はご自身の著作「村上信夫の料理ノート」で書いている)
    フランク族と言えば、世界史的に色々なイベントが付きものであるが、ワタクシが個人的に興味を持っていたのは、その二重権力的な構造である。
    カール大帝はカロリング家の出身であるためにカールの王国はカロリング朝と呼ばれるが、そもそもは同じフランク族のメロビング家が興したのが最初である。
    この権力の移譲過程は良く有る事だが、幼いメロビング家の王を後ろで切り盛りしていたのが、宮宰(マヨルドムス)と呼ばれる職責で、この地位にあったのがカールのご先祖のカール=マルテルと言う人物であった。
    このカール=マルテルの業績として、732年のトゥール=ポワティエ間の戦いと言うものがある。
    これは、イスラム教のウマイヤ朝がヨーロッパに侵入するのを撃退した戦いであるが、トゥールと言う町とポワティエと言う町の間をあたかも線を引く様にして戦ったので、この様な名前が付けられているが、 何せよ世界史的には偉業の一つではあるので、これを何とかメニューに組み込めないかと考えた。
    (世界史的な用語としては、この勝利が後のカールの戴冠に繋がる事を意識してか「マホメット無くしてシャルルマーニュ無し」との言葉もある。他方、この勝利によりヨーロッパに中世が訪れる事を指して、「この戦いに勝利したせいでヨーロッパは1000年遅れた」と言う向きもある。)

    さて、ここで一つ閃いたのが、「宮宰(マジョルドーム)」
    そう言えば、昔、初めてエスコフィエの本(Le Guide ulinaire)を買って見ていた時に、何か似たようなものを見たような……
    「ああ!そうだ!マジョルドームと言う響きが気になっていたが、これだ、宮宰だ!Majordome!!」
    改めて、フランス語の辞書を見ると「執事」とある。
    「まぁ世界史的な意味は除いてだろうから、宮宰だな」と言う事で、これを盛り込む事は決定。
    先ほども触れたが、折々のジビエの季節、Sauce Majordome(ソースマジョルドーム)は「鹿」に合わせるので、これで軸が出来た。

    次に、カロリング家の歴史に大きな足跡を残したピピンの事を考えたが、”ピピンのクーデター”や”ピピンの寄進”と言った事をフランス料理と関連させるには少々難易度が高いので、(何か良いモノが思いつくまで止めて) 先ほどのトゥール=ポワティエ間の戦いを模した料理を盛り込んで貰おう、と。
    (「ピピン」は、時のローマ教皇ザカリアスに「王ではあるが力が無い者と、王では無いが力がある者の、いずれかが王であるべきか?」と言う問いをなげかけ、ザカリアスからの「力ある者こそ王たれ」との回勅を得て、メロビング家に対してクーデターを起こします。この結果フランク王となったピピンはザカリアスに対して感謝の念を込めて、当時イタリア半島にはびこっていたランゴバルト族を討伐した後にその領土を「教皇領」として寄進をします)
    やはり、イスラム教徒との激戦であったので、ここはフランス料理でも(割とポピュラーになった)使われる「タジン鍋」の料理を盛り込んで貰おう。

    そして、(本来)主役であるカール大帝に関しては、やはり”カールの戴冠”とあるわけだから、ここはズコットでもあしらって頂くと良いかしらん?と言う事でメニューの概略は完成。
    (本来、「ズコット」はイタリアのお菓子ではあるが、ローマ教皇による戴冠と言う事もあるので、意味的にも申し分ないかな?と思いつつ)

    そして、この素案を a ta guele の支配人市川さんにも目を通して頂いて、「鹿のマジョルドーム」「タジン鍋」「カールの帽子」と言うメニューを組み込んで、その内容や仕様を含めて、曾村シェフにお願いする運びとなりました。