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Menu カジノ(実際のお料理)@ A ta guele

    2019年08月……今となっては懐かしい【古典菓子のカジノ】を軸にして、カジノにまつわるメニューを木場のA ta guele の曾村譲司シェフにお願いして創って頂く事になりました。

エスカルーシャ:Escarche



    珍しく、今回は”ワイン”からのスタート。
    と言っても、ワタクシは全く飲めないので【ノンアルコールワイン】
    スペイン産のものだそうで、一回醸造したワインからアルコールを抜いていってノンアルコールにするとの事で、何やらドンペリの作り方と似ているな……と思ったりもしました。
    【黄金に輝く液体】をそれこそ”神の雫”と形容するのは非常に言葉のセンスを感じるところですが、【D.O.M(deo optimo maximo】=[最善・最大の神]にと言う表現があるように、まさしく”ワイン”は神への恩寵と関連深いキリスト教文明の産物だと思うのです。

    「今宵、神の与え給うた黄金の液体を飲み、神の遣わした黄金の腕を持つ料理人の紡ぎ出す、黄金の品々を賞味す」

    少々もったいをつけるならば、この様な表現にでもなるでしょうか。

    キメの細かい気泡を持った黄金の液体と、飴色に煎られたナッツとコブ蜜柑の葉は、【カジノ】という古くて新しい”黄金の夢”を味わうのにうってつけのスタートとなったのでした。

ムール貝のマリニエール:moules a la mariniere



    アミューズは「ムール貝のマリニエール(moules a la mariniere)」

    「マリニエール」とは魚貝類と玉葱、エシャロットなどを使い魚貝類の煮汁や白ワインを使ってソースにしたり煮たりする料理。
    アタゴールでは初夏から7月位にグランドメニューに載る定番のメニューの一つですが、曾村氏は一工夫加えて白ワインの代わりに曾村氏所縁のベルギーのビール”ヒューガルテン”で蒸し煮をした逸品。
    今回は、”津軽海峡産のムール貝”にセロリと言う組み合わせ。

    やはり【カジノ】と言えば【賭け事】、”貝へん”は付き物でしょう。
    そもそも【貝】は、人類の歴史においては「食べもの」だけではなく「貨幣」としての位置づけも持っていました。
    貝(貝殻)の頑丈さと独特の美しさに着目した人間の本能ともいうべき部分がそこには見てとれますが、それが高じた先にある”射幸心”にも【貝】を漢字に当てたのは、また意味があっての事なのでしょう。

    【カジノ】の最初の一コマに【貝】を重ね合わせてくるのは、それこそ「貝合わせ」ともいうべき曾村氏一流のエスプリでしょう。
    (「貝合わせ」そのものに【賭け】という意味は無いと思いますが【ゲーム】としては日本の古式ゆかしい遊具の一つですからね。)
    そんな”エスプリ”の効いた一品は、いかにもこの【カジノ】のメニューに相応しい大人の一品だなぁと思いつつ、たっぷりとしたムール貝を味わうのでした。

    大きめの貝は、それだけで食べ応えがあって、身の部分に歯を入れた際の弾力や時間それ自体も愉しむべき一つになります。
    そんな貝に白ビール独特の舌の脇を通り抜けて行く様な酸味と、タマネギでは無く、セロリのこれまた独特のスッとする様な苦みが合わさって、どちらかと言うとモッタリとしたムール貝がお洒落な装いをした紳士・淑女の様に洗練されてきます。

    ”黒いムール貝”と”白ビール”という対照的な組み合わせは、【黒】か【白】かと言う【賭け】のスタートに相応しい一品でもあるし、シンプルな【装い】として、これから訪れる豪華なカジノへの準備を整えたようにも思えます。

コンソメ モンテカルロ アタゴール風:Consomme Monte-Carlo a la a ta guele




    スープは「コンソメ モンテカルロ(Consomme Monte-Carlo)」

    【モンテカルロ】という言葉からは色々な事が想起されま、【F1】や【テニス】などのスポーツや、【ミュシャ】に代表される絵画、そして【モンテカルロ方程式】などの数学……それはその人その人の興味・関心事のよって違ってきますが、浅学非才かつ食いしん坊なワタクシは、どちらかと言うとキラキラとして豪華なホテルとそれに集う世界中のVIP達が繰り広げる”ゲーム(社交)”としての【賭け事】、つまり【カジノ】の方が頭に浮かんで来て、この豪華なホテルでVIP達を満足せしめるような”料理”はなんだろうか……それはどれだけ豪華で洗練されていて美味しいのだろうか?という方へと関心が向かうのです。

    しかし、【モナコ】の煌びやかかつ豪華なイメージは、昨日・今日に出来上がったものではありません。

    モナコは、元々南フランスを支配する国でしたが、イタリア統一運動(リソルジメント:Risorgimento)やそれに関連したナポレオン三世との駆け引きにより、国土の大部分を放棄して、今のモナコ市街を中心とする都市国家へと領土縮小に甘んじる事になります。
    この時にモナコの統治者であった”シャルル3世”は、国家の大規模な改造と方向転換を図り、富裕層の集まるリゾートと観光の目玉として国営のカジノを作ることとして、その名を【Casino de Monte-Carlo】と名付けてモナコの中心的な位置付けとしたのでした。
    (ちなみに、「モンテカルロ(Monte-Carlo」とは、イタリア語の「山:Monte:モンテ」「シャルル:Carlo:カルロ」に由来し、モナコの立て直しを図ったシャルル3世を讃える意味でつけられた)

    1863年、フランスのオペラ座(ガルニエ宮)を建築したシャルル=ガルニエによって手掛けられたこの国営カジノは宮殿そのものの佇まいで、当時ヨーロッパで花開いたベル=エポックを余すところ無く精華させたもので、ヨーロッパの中の”異空間”として世界の堂上貴顕・富豪たちを魅了したのです。

    領土を失って都市国家から世界を魅了する様な”モナコ”になったのには、このシャルル3世を始めとしたモナコの人達の知恵とセンスによる賜物ともいうことが出来るでしょう。




    ほどなくして、スープが運ばれてきました。
    ガラス越しのクロッシュから見える金色の輝きと、ニスで丁寧に拭かれた様な渋い色が見えています。
    ガラスのクロッシュを取り、市川氏が赤金色に磨かれたコンソメを丁寧に注ぎ込みます………
    スープ皿に赤金色の液体が注ぎ込まれるや否や、控えていた”金箔”が生命を吹き込まれた様に躍動し始めます。

    「綺麗!!!」

    スープ皿の底には薄く輪切りにされた3色9枚の野菜が、まるでルーレット盤の様に見え、赤金色のコンソメを金箔がヒラヒラひらひらと舞っています……
    ク(Belle Epoque)そ

    そんな平板で当たり前の様な感想しか出てこない自分も自分ですが、それはもう見事なスープ皿の中の景色に視線を奪われ、どこまでもその金箔の舞う様子を追いかけていたのでした。

    まるで、1800年台後半の夜、宴もたけなわなカジノの螺旋階段の上からルーレット盤を見ている……そんな錯覚の様なデジャブの様な感覚が目の前を通り過ぎる不思議なスープの誕生の瞬間でした。

    【consomme Monte-Carlo:コンソメ モンテカルロ】:
    モノの本によれば、「コンソメ モンテカルロ」は「人参と蕪の輪切り、小さなシューまたはファルスを巻いたクレープの薄切り、トリュフのスライスをした鶏のコンソメ」とあります。
    もちろん、これも豪華で美味しいコンソメとなるでしょう。
    しかし、今回のこの「曾村氏のコンソメ モンテカルロ」は、ルーレットを思わせる丸い野菜の重なりや、ルーレットが回りだした際の情景にも似た”金箔の動き”、赤金色のコンソメを通して全体を見ると、カジノの空間を俯瞰しているかのような素晴らしい情景……など、本家の「コンソメ モンテカルロ」を凌駕する一品になっています。

    ”題意に沿った料理”というのは非常に大変なものです。特に今回の様に「デセール」から考えたメニューの場合は尚更でしょう。
    ルセット通りに「クレープの薄切り」や「トリュフのスライス」を使っても十分なこのコンソメに、この浮き身の部分を削って”金箔”を登場させることで、ルセットを超える一品が誕生したのです。

    智恵

    その一言に尽きるでしょう。
    そしてそれは、モナコ公国が都市改造を余儀なくされた後、「知恵」を使って世界を魅了する空間になったことと通じると思うのです。
    【モナコの知恵】…【料理人の知恵】…ともに、人々を魅了し、幸せな一時をもたらす事を指向したゆえに、どこまでも人の心を捉えて離さないのではないでしょうか。

    丁寧に取られたコンソメの美味しさは言うに及ばず、スープの中をヒラヒラと舞う金箔をスプーンで追いかけて掬いながら、1枚1枚丁寧に切られた野菜を食べると、隠し味に加えたエストラゴンビネガーの味が時折して、1800年台後半にタイムスリップしたかの様な感覚を元に戻してくれるのでした。

ホタテとアオリイカのドミノ:Dominos aux Saint-Jacques avec calmar



    贅沢で心躍る”ベルエポック”のコンソメに酔った後、前菜として現れたのは「ホタテとアオリイカのドミノ(Dominos aux Saint-Jacques avec calmar)」。
    アスピックで固められた茶色のケーキの様な中には、色とりどりのモノが埋まっていて、その周りをカラフルなマイクロトマトがルーレットの珠の様にこぼれています。

    【ドミノ(Domino)】
    所謂、ドミノゲームの【ドミノ】を模した料理がこの「ドミノ」。
    カジノゲームと言えば、ルーレットやカードがポピュラーですが、この【ドミノゲーム】もそれなりに根強いファンがいるようで、なかなか侮れない存在のようです。
    フランス料理の本(辞書)を読んでいて、何故にこの様なメニューがあるのかしらん?と不思議にも思ったのですが、それはそれで興味を掻き立てることになり、「食べてみたいし、見てもみたいけれども、どの様なメニューの中でこれを食べるのだろうか?」と思ったりもしていたのですが、なるほど、今回の様に【カジノ】を中心にしたテーマの中で使うのであれば何の違和感もなく登場させることができます。
    愛読のフランス料理の本(辞書)が、この様な事(メニューの作成)を想定していたかは分からないですが、しかしわざわざ(形だけとは言え)ルセットも出ているのだから、何らかの”需要”があっての記載なのだとはおもうので、日本ではともかく、フランスやヨーロッパではポピュラーな人気なのだろうか……などと思ったりもするわけです。

    ここで、例によってモノの本によるならば

    【filet de sole dominos:フィレ ド ソール ドミノ】:
    「キャビアの入った舌平目のムースをドミノの駒の形にし、同じ大きさの舌平目のフィレをポシェした後でソースショーフロワを塗ってからムースに貼り付け、ゼリーで艶出しをした後に、刻んだゼリーで作ったドームの上に持ったもの」

    とあります。

    何時ものことではありますが、お願いした料理がどんな形で出てくるのかを待つ瞬間は、もう筆舌に尽くしがたいものがあります。
    何しろ……それは、今まで自分が見たことも聞いたことも無い料理が殆どだからなのですが、(例え、以前に知っていたものであっても)これにシェフの創意工夫が加わって「美味なるモノ」が此の世に降臨する瞬間を目の当たりに出来るのですから、【食いしん坊】としてはこれに勝る”幸せ”はそうそうにはありません。
    そして、当たり前のことですが、「美味しいモノ」「新しいモノ」が出来るには、”今すぐこの瞬間に”とはいかず、ある程度の期間を待つ必要があります。
    この時間を待つ……寝ても覚めてもその”素晴らしい料理”を待つというのは、期待と愉しみに満ち溢れた至福の時間の一コマでもあるのです。

    そう? 今、前の前に現れた【料理】は、そんな時間を経て磨かれたものでもありましょう。

    ゆえに 尊い!


綺麗だぁ
でも何処に”ドミノ”はあるのかな???




    この豪華極まりない「ドミノ」にナイフを入れて行きます。
    コンソメのアスピックがフルフルで心地よく、中に入っている胡瓜がまたアスピックと混じって心地よい水分を口に与えてくれます。
    また、上に飾りとしてあるキャビア角が取れて優しい塩味が華を添えてくれ、口の中はこのゼリー寄せ(アスピック)の奏でる軽やかな音色に包まれていくのでした。

    茶色のコンソメのアスピックの中には、白い色と青い色のホタテ()とアオリイカのムースが。
    ムースとはいうものの、それほどはクリーム感は強くなく、むしろ歯応えのある弾力は、”クネル様”といった風が適切な感じの物体で、歯を入れると押し返すような質感と共に、貝類と甲殻類特有の舌の外側を通って旨味を感じる部分が刺激されていきます。

    しかし……美味しく頂いていたこの「ドミノ」……肝心の「ドミノ牌」は何処にあったのだろう?……
    そんな事を想いながら、食べ進めていたのですが、料理の写真を撮っている内に、このホタテとアオリイカで作られた物体が「ドミノ牌」、青い点々が「ドミノの数字」に見えてくるではないですか?

    思わず、ご同席した方に気が付かれてました?と聞くと

    「ええっ!?アスピックを切ったら直ぐに白い長方形に青い点でドミノと分かりましたよ」との一言

    これは大失態……自分でモグモグと食べておきながら、ただ美味しいなくらいで、肝心の「ドミノ牌」の存在に気が付かないとは……

    まさに 【…ORL…】 という記号が一番端的にこの時の状況を表すのに足るものでありました。

    途中、水を入れに来てくれた市川氏に「あの青いのがドミノの数字だったの?」と聞くと

    「ええ。ご要望通り、キャビアを入れるとああいう青い粒々になるんですよ。」と快答

    何とか途中で気が付いて「ドミノ牌」を堪能できたものの…もう少し早く気が付きたかったよ…というのが本音の一幕でありました。
    ”料理を愉しむ”ということには、このように時としてアクシデントの様なものも発生をします。
    それを含めての”ご馳走”という事になるのが、料理の醍醐味でもありますが、一見、それとは性質を異にしているような【賭け】とも通ずる部分でしょうか。
    【賭け】は目の前に現れた結果が何よりも重要なものですが、その結果が出るまでの過程は、料理よりは圧倒的に短い時間ではありますが、ドキドキ感やワクワク感、果ては悲壮感や失敗した感も含めて、ある種、料理を愉しむ部分と似ていたりもします。
    そういう意味で、【高級な異空間であるカジノ】と【勢を凝らした高級な料理】とは重なり合う部分も多いのだろうと思ったりもするのでした。



    かって、日本の藤原摂関政治に風穴を開け、「治天の君」として君臨した「白河上皇」。
    その彼をして、【天下三不如意(賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの)】とこぼさせた「双六」……
    かくも昔から、いやその時代も、絶対的な権力者をしても意のままにならない【賭け】と言うモノの存在は、時空を超えて存在しているものとも考えられるのであって、今回の【ドミノ】と言う料理も人類が続く限り残っていく可能性のある料理かなと思ったりもしています。

お口直しのグラニテ:granite aux citronnelle



    お口直しには「レモングラスのグラニテ(シャーベット)」。
    何時もは、あっさりさっぱり系の味に落ち着く事が多いのですが、今回は下に埋まっていたアカシヤ系の蜂蜜が多目だった事やグラニテ自体も濃い目に作ってあったせいか、少々何時もよりはしっかりとしたグラニテの味を楽しみました。
    前の料理が「ホタテのアオリイカ」をベースにアスピックゼリーとの組み合わせでもあって、どちらかと言うとサッパリ系でもあったので、ここで味覚調整をしたのかもしれません。

サンドイッチ ブックメーカー 日本風:Sandwich du book-maker a la japonaise



    メインは「サンドイッチ ブックメーカー 日本風(Sandowich du book-maker a la japonaise)」

    今回の主題が【カジノ】ということもあり、どうしても【賭け】にまつわるエピソードが頭に浮かんだのですが、その中でもサンドイッチを食べながら【トランプ】に夢中になった”サンドイッチ伯”が思い起こされました。
    【サンドイッチ(sandwich)】の語源としては色々と面白い話がありますが、中でも「魔女を挟んだから」などと言うのは俗説の中でもヒットした方ではないでしょうか。
    一番、多く人口に膾炙している話としては、先ほどの”サンドイッチ伯爵”が【ゲーム】に夢中になって食事をする時間が惜しかったので、勝負をしながら食事が出来る様に、パンに具を挟んだモノを食べていたとするものでしょう。

    どうやらこの話は当たらずと雖も遠からずと言う事になりそうですが、事実は、ギボン(写真左の人物)が当時のロンドンで食べられていたパンに牛肉を挟んだものを【サンドウィッチ】と日記の中で書き記した事が始めとなるが、当時のサンドイッチ伯爵(右の人)がこのパンに肉を挟んだこの食べ物を発明した訳でも火付け役になった訳でも無く、何故かギボンによって【サンドイッチ】として結び付けられた事による。
    どうやら、この時、サンドイッチ伯その人は有能故に多忙であった事は事実であるものの、当時の政治的な状況を風刺した「乞食オペラ」なる劇で悪役のイメージを植え付けられた事にある。
    それゆえ、この”多忙さ”が仕事では無く、【ゲーム】で忙しいという風にすり替えられた……というのが本当のところであろうかと思う。
    「ローマ帝国衰亡史」という歴史学において輝かしい不滅の業績を打ち立てたギボン先生が、サンドイッチ伯爵と対立関係にあったかどうかははっきりとはしないのだが、「乞食オペラ」で巷間流布されていたイメージを追認させるだけの何かがあった……と好意的に見ておく事にしましょう。


イギリスでは”サンドイッチ”は「ご馳走」としての位置づけ バッキンガム宮殿では「胡瓜サンド」が有名だよ


    【ブックメーカー】

    一般的に”ブックメーカー(bookmaker)”というと、製本会社?などとなりそうですが、そうではなく、「値付け屋」と言うことで、【株式市場】や【あらゆる賭けの引受人】としての働く人(会社)を指します。
    例えば、【株式の新規公開】における公開価格の決定における需要の積み上げの事を「ブックビルディング」と言ったり、かのブレグジットを巡る騒動の際に脚光を浴びた「オッズ( 賭け率)」などが有名なところですが、サンドイッチ伯が誤解されるように、それこそ何事にも【賭け】の対象になるらしく、「馬」や「スポーツ」にとどまらず、「ノーベル賞」から「王族の衣装」まで幅広く何にでも【賭け】の対象にしてしまうというのは健在なようで、 それは、かつての【大英帝国】として世界各地に”投資”をし、その莫大な上りで世界の覇者であった事と無縁ではないのでしょう。

    そんなイギリス人気質を表したのが、この【サンドイッチブックメーカー】で、「ステーキをサンドイッチに挟んだモノ」とされるサンドイッチの豪華版を意味しています。
    この”イギリス人”を象徴する様なメニューが何故にフランス料理になったのかは、これまた【謎】ですが、フランス人から見たイギリス人の印象は忙しくサンドイッチばかり食べている人種だったのでしょう。そのサンドイッチの中味を先のギボンの日記にあるように”薄い肉”とするのではフランス料理の沽券にかかわる(?)と言うことだったのか「ステーキ」として料理に仕立てたのでしょう。

    そういう事から、今回のメニューでは「サンドイッチブックメーカー」を食べようとは思ったものの、そのまま「ステーキ」と言うのも芸が無いな……と思った盛夏のある日……
    世界の「カジノ」と言う事では、スープで「コンソメモンテカルロ」を出してきているので、ここはちょっと発想を変えて、「カジノ」→「賭場」→「鉄火場」と日本独自の言い方を頂いて、「鉄火(巻)」つまり【鮪】を使ったサンドイッチにしてもらおうと思ったのでした。

    実際には、この「鉄火(巻)」の由来も、「サンドイッチ」と同様に諸説あるようですが(【賭け】に忙しくて簡単に食べれる様に「鉄火巻」と言うのは似ている)、「賭場」というイメージと「火」が結びつくのは面白いなと思ったこともあり、これならば素晴らしいサンドイッチとしてメインに出してもおかしくない筈と嬉しくなっていたのでした。



    この様にして生まれた「サンドイッチブックメーカー 日本風:Sandowich du book-maker a la japonaise」
    その登場にワクワクして待つ瞬間が堪らない部分でもありますが、どうしても早く見たい食べたいという気持ちが高鳴ってしまいます。

    支配人の市川氏がシャッきっと威儀を正して、お皿を運んで来ます。

    「サンドイッチブックメーカー 【】と言う事で、「大間の鮪」を使ってあります。」

    「大間」かぁ……「良い所来たねぇ」

    「折角なので良い所のを使おうということで。」と市川氏は何事もなく引き揚げていきました。

    サクサクに焼きあがったパンに、これは凄いミキュイ(mi-cui)の【鮪】の霜降りの部分が挟んであります。
    金色をした小麦色のパンとピンクと白が大理石の様に混じり合った鮪の【層】は、それだけで絵になるばかりか食欲を誘います。
    この【鮪】は、オイルポッシェをしてミキュイにしたようで、いい具合に油の加減も味に加わっています。
    中に塗ってあるソースは、アンチョビとトマトをベースにしたソース。

    では、さっそくこの稀代のサンドイッチを食べてみることにしましょう。

    「?」……「不思議! 鮪なのに牛肉みたい!!」

    なんとなんと木場の”鬼才”曾村譲司は「マグロ」を「牛肉」へと変化させてしまうのでした。
    もちろん、「牛肉」そのものになるのですが、鮪のトロの部分の炙り具合とサンドに塗られたソースが合わさって、「ステーキ」を食べている様に変化するのです。
    【鮪】と【パン】と【ソース】の三位が一体になって、新しい【サンドイッチブックメーカー】へと昇華したのです。
    これを”鬼才”と言わずして何と言いましょうか!

    そんな古典的な料理の素晴らしい進化を見て、味わい、ご機嫌な我々……

    しかし、”鬼才”は未だこの料理に対する仕掛けを用意していました。

    サンドイッチの乗ったお皿とは別に、パンに塗ってあるアンチョビとトマトのソースの入った小皿と、コーンスープの入ったカップが二つ添えられていました。
    コーンスープは、先日の「メニュー アイーダ」で食べた”ゴールドラッシュ”のスープです。

    そう、赤いソースの一寸ピリッと辛い味は、【賭け】の”辛さ・しんどさ”を
    他方、甘いコーンスープは、【賭け】の”勝利”の味を表しているのです。

    この様な【料理の構成】を通じて、単に”美味な料理”としてだけでは無く、一つの”作品”として後世まで語り継がれる存在になっていくのではないでしょうか。
    そんな【料理の可能性】を確信した一時でもありました。



カジノ:Casino



    デセールは「カジノ(Casino)」。
    大きな台座に盛られた「カジノ」
    「渦巻き」が7つ……そう”ラッキーセブン”な「カジノ」の登場です。
    くるくると渦巻きを巻いたロールで作られたこのケーキは、古くからフランスで作られた古典菓子の一つだったようです。
    ”渦を巻いている”様子からルーレット盤に見立てて命名された【古典菓子:カジノ】は、本日のメニューの目的でもあります。

    1800年台のカジノの図 真ん中にルーレットが見える。 紳士淑女という言葉があるが右端には女性の姿も。

    ルーレット盤をもデセールの一つにしてしまうフランス人の料理に対する熱意には脱帽する部分でありますが(無論、日本も「虎屋」が【ゴルフボール最中】を作っているのもそう言う点で凄いのですが)これをわざわざお菓子にしようと言うのは、先ほどのサンドイッチと同様に、「ルーレット盤」なるモノがそれなりに市民権を得て認識されていたという事でもあるのでしょう。

    そもそもフランスでのカジノは歴史も古く、ルイ15世は自らもカジノを楽しんだとされており、元々は王室・貴族の嗜みとしてスタートしましたが、徐々に上流市民(ブルジョアジー)にも伝播したようです。
    一般市民階級にも伝播していったのは、フランス革命により王室・貴族の文化が一般にも解放されたというのが大きな所の様で、この部分は「フランス料理の発達そのもの」とも合致する部分ですが、考えようによってはいちど野に放たれたモノが洗練されて行くという部分を踏襲している気もします。
    その後、ナポレオン1世によるカジノ規制が行われ(本来の目的は分からないが)、税収確保を目的に徐々に規制が緩められ1907年に合法化する運びとなったのです。

    そう言った事で「カジノ」が広まって行く過程の中で、【古典菓子:カジノ】も生まれて親しまれていったに違いありません。





    いくつ召しあがりますか?」と言う市川氏の問いに

    「全部」とは答え難いので、二切れほどと慎み深く深く申し上げて切り分けてもらいます。

    「ホワイトチョコレートでムースを作り、それをスポンジケーキにしました。
    周りの渦巻きはフランボワーズをジャムにして練り込みました」
    と市川氏が話し終わるか否かにスプーンとフォークを入れるワタクシ………

    甘~~~い

    これはこれは、何とも強烈な甘さが背骨を通って脳天へと運ばれます。
    相当濃い目に作られたホワイトチョコレートが、シンプルかつダイレクトな甘さを放ちつつ、渦巻きのフランボワーズは控えめに上品な甘さを湛えています。

    そう。大当たりと思わせるほどの「カジノ」だったのです。
    そして、この様に美味しいフランス料理、美味しいだけでは無く、一つのテーマを基に料理が進化していく様を味わい、感じ取れる瞬間……
    まさに”フランス料理をやめられない”その大きな深淵を感じたのでした。

    アングレームソースと杏のソースを交互につけ、チョコレートを食べながら、十二分に甘さを味わいつつ、また、そのままの状態で食べる……何通りかの楽しみ方をしつつ【カジノ】を味わい尽くすと、本当にこのデセールがメインであるという事を実感して、黄金の舞台も終幕へと向かうのでした。

食後のプティフールとコーヒー



    食後のプチフールは「パッションフルーツのブリュレ」
    そして、先ほどの強烈な甘さを落とす意味でも「コーヒー」

    今日は、【カジノ】ゆえに刺激が強すぎた一夜でもありました。
    何かを【賭け】た訳でもないのに、妙に興奮したのは数々の料理の素晴らしさゆえでしょう。
    今回も美味しく、そして素晴らしい時間を有難く思い、その終幕を惜しみつつ、またその余韻を楽しみつつ、【夢の列車】を降りてタクシーを拾うのでした。


競馬で有名な「ダービー(卿)」にちなんだ料理もあるのだけれども

これをメニューに組み込むのは大変だなぁ