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日本橋高島屋8F:2019年05月09日:資生堂パーラー


    二か月ほど前に、日本橋の高島屋の資生堂パーラーに行って、懐かしくも変わらない「オムライス」に驚嘆したものだが、その時に食べた「トマトソース」がなかなか素晴らしい出来だったので、このトマトソースを使った資生堂パーラーのスペシャリテの一つでもある「ミートクロケット」を食べようと日本橋を再訪したのでした。

    (左)高島屋と言えばローズちゃん (中央) 8Fへ直通のエレベーター(右)資生堂パーラー日本橋店



    本来なら、銀座本店でと言うのがスタンダードな在り方でしょうが、今回ご一緒した方が、たまたま日本橋で所用があった事もあり、そのまま資生堂パーラーがある日本橋高島屋の8Fへと向かったのでした。
    元号が変わった直後と言う事もあってか、令和を祝う「令和元年記念パフェ」の文字が入り口のメニューボードに載っていました。
    1928年のレストラン開業の時からを考えれば、【昭和】【平成】【令和】。ソーダファウンテンとしての1902年の開業から考えれば、【明治】【大正】【昭和】【平成】【令和】と5つの元号を跨いできた資生堂パーラー…… それこそ、日本の西洋料理の草分けでもあり、かくも続いてきたと言う事は素晴らしい日本の料理文化の一つかと思います。
    そして、何よりも驚嘆すべきは、本店と支店での味の開きが(殆ど)無いと言う事……
    そのシステムと言うか、オペレーションと言うかを含めて、なかなか出来ない事ではあるので、そこは普通のフランス料理店などの「美味しい」と言う観点とは別の意味で注目をしている部分でもあります。

    (左)(中央)百貨店内でありながら広々としてシンプルな空間(右)水出しコーヒーのサイフォン




    広々とした店内は、奥行きも深く、百貨店内だと言う事を忘れてしまうように巧く作られています。
    無論、時間帯と言う事もあったのかもしれませんが、店内には高島屋の上客であろう老婦人が独りでコーヒーを飲みながら読書などをしているのが印象的でもありました。
    銀座本店とはまた違った雰囲気でもありますが、独りコーヒーを片手に読書をするなどと言うのは、まさに”モガ”そのものと思ってしまうのが資生堂の魔力でもあります。
    そして、そんなお洒落な老婦人とは離れた席に着いて、我々もメニューを観て、お目当ての「ミートクロケット」を頼み、ご一緒した方とシェアする形にして、それぞれが一品づつ注文をしたのでした。

    (左)付け合わせのパン(中央)ミートクロケット(右)断面




    静かな店内の空気と同じようなクリアーな水を飲んで暫し……「ミートクロケット」が運ばれてきました。
    しっかりとした俵型で、黄金色の表面。しっかりと火が通っているけれど、油を吸ってベタベタになっていない衣。
    静かな丸いトマトソースに浮かんでいるミートクロケットは、たった一つで充分な存在感を示してくれています。
    ナイフを入れると、これまた型崩れする事も無く受け止めて、しっかりと切り口を見せてくれる素晴らしいベシャメルソース………
    「オムライス」を食べた時もそう思いましたが、これは一つの完成型なのでしょう。
    それこそ、100年余の歳月によって、考案され、工夫され、洗練されて来た逸品。それが、この”資生堂シリーズ”とでも言うべきラインナップなのだと思います。
    丹念に練り込まれたベシャメルソースの質感と重量感の奥底にはしっかりとしたコンソメベースの出汁と、ハムの味を感じる事が出来ました。
    「美味しい」と言う感覚も幾つかあるとは思うけれども、この資生堂パーラーのミートクロケットは、高揚感を抱くと言うよりは、静かに灯る「おいしい」と言う感じではないだろうか。
    そして、この下に敷いてある「トマトソース」
    前回食べたオムライスの「トマトソース」に触発されて来たわけだが、オムライスのトマトソースよりも若干、ベースになるコンソメを濃く投入して調整している感じがあって、これが、ミートクロケットの静かなおいしさに輪郭を与える役割を果たしているのは、オムライスと同様であった。
    ソース自体の役割も色々とあるだろうが、資生堂パーラーのトマトソースは、それ自体の美味しさに加えて、主役であるミートクロケットの白いおいしさに、赤い別の次元を作ると言う役割があって、それが何の変哲もないコロッケを「クロケット」呼ばれるモノに進化させているのだと思う。
    そういう意味で、本当にこの「トマトソース」こそが、スペシャリテなのではないのかと改めて思ったりもするのである。

    小エビとマッシュルームのドリア




    クロケットを食べると、ご一緒した方の「小エビとマッシュルームのドリア」が運ばれて来た。
    ミートクロケットのベシャメルソースと同系統の「ホワイトソース」であるが、ご飯に、只、覆いかぶさると言うのではなく、表裏一体と言う感じで重ね合わさるのは「オムライス」と似たコンセプトでもあろうか。
    この辺は、流石に”美容の資生堂”の面目躍如なのだろう。
    ホワイトソースとのフィット感は、まさに化粧品そのものの感覚と似てさえいる。
    【美味しく】【綺麗に】
    米とソースを重ね合わせて一つの形を仕上げて行く。
    顔に化粧品を重ね合わせて行く。
    ”料理”と”化粧”は違うジャンルのものだけれども、【より良く進化させる】と言う部分では同根なのかもしれない。
    米との一体感と言う事では、「チャーハン」なども想起されるが、”火力”によって米と具材を一体のものとして昇華させるチャーハンとは、一線を画す様な気がする。
    あくまで、米にフィットするソースと言う感じである。
    軟らかく、だけども崩れていないコメを白いソースで食べる。
    その白い曲線のある世界に時折顔を出す、海老独特の甘味と塩味に弾力感。そして、それらの調和にやや斜めから入るマッシュルームのこれまた滑らかなアクのある質感と味が素晴らしい。
    それこそ、オムライスと同様に、幾らでも入ってしまいそうになるこの白い食べ物は、日本人の感性が生み出した一つの作品でもあるのだろう。

    シーフードマカロニグラタン トマトソース




    程無く、私の方には「シーフードマカロニグラタン トマトソース」が運ばれて来た。
    出来たてで、少々クツクツと音を立てているのが、逆に小憎らしささえ感じるのだが、その音ゆえに尚更好奇心が掻き立てられるのは不思議でもある。
    「ミートクロケット」とは違って、粘度はさらさらで、ソースとスープの間の領域とでも言うのであろうか、より液体感が強くなっている「トマトソース」。
    そして、何よりの違いは酸味が際立っていると言う部分だろう。
    シーフードと合わせると言う事からか、或いは、サラサラな感じから味が薄まる部分を計算に入れてなのか、「オムライス」や「ミートクロケット」のずっしりとした感じよりは、尖った感じのするソースである。
    ここで面白いのが、「マカロニ」だろう。
    普通は、マカロニを適当な硬さが残った感じにしてくる事が多いが、資生堂は違っていて、かなり茹でて柔らかくなっている。
    少々戸惑ったが、マカロニを噛まなくても崩れて行くので、マカロニを噛んで、クツクツと煮立ったトマトソースが口の中で暴れると言う事が無い事に気が付いた。
    これが、”正解”かどうかは分からないが、マカロニがある意味”麺”の様な感じでスルスルと味わう事が出来た。
    こうして考えると、これは「マカロニグラタン」とはなっているが、実は「トマトソース」を味わう方に主眼が置かれているのでは?と思ったりもする。
    もちろん、マカロニを美味しく食べさせるようにはなっているし、入っているシーフードも程良い火入れで一つ一つはしっかりと作られているのだが、何か意識が「トマトソース」に向かうように計算されている様な気がするのである。
    元々、「オムライス」と「トマトソース」に触発されての今回の訪問なのであり、「トマトソース」に意識があるのは確かなので、それはまた今度「マカロニ」を食べる際に宿題にしておこうと思うのだが、いずれにしても、「赤いトマトソース」と「白いホワイトソース」と言う2種類のソースに色々と資生堂の意図するモノが含まれているな、と言う事が分かった再訪でもあった。

    ヨーロッパから伝わった料理が日本で独自に進化した【洋食】。
    それは、フランス料理でもあり、また日本料理でもある不思議な料理ではありますが、こと「資生堂パーラー」のメニューには、何かまた別の意図が盛り込まれた「新しい料理(世界)」ですらある様に思い、フランス料理とはまた違った意味で興味を掻き立てる存在であるのでした。