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金沢八景:2019年09月19日:しおとめぐみ(Sel et Vendange)


    以前、恵比寿にあった Le Bistro というお店で【リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル(lievre a la royale】を頂いた、滝澤延行シェフが、ミサワ系列のお店の後、鎌倉のビストロオランジェを経て独立されたというので、お邪魔する事にしたのでした。
    恵比寿での野兎の事はこちら



    (左)しおとめぐみ入り口(金沢八景駅から道なりに行けば直ぐに見えてきます)(右)店内


    滝澤シェフは、外務省の公邸料理人としてトルコに赴任をしていた事もあり、中目黒にあったミサワ本社のビル内のお店「ハムサ」はモロッコスタイルのフランス料理店で「タジン鍋」や「羊のメルゲーズソーセージ」などの料理と、屋上で夜景を見ながら食べる事が出来るなかなか面白い空間でした。
    その後、ミサワの本社移転に伴って「ハムサ」は閉店を余儀なくされ(「ハムサ」はミサワ直営のお店)、滝澤氏もミサワ系列の「Le Bistro」に移動されたのでした。
    「Le Bistoro」では「野兎」しか食べなかったのですが、どうやらこのお店の売りは【LYB豚】……【ルイビトン豚】と言うのが正式名称のようですが、(農)富士農場サービスによって(ランドレース×ヨークシャー)×バークシャーの掛け合わせによって1999年に作出されたブランド豚の一つで、「ランド―レースのL」「ヨークシャーのY」「バークシャーのB」の頭文字をとって【LYB豚】→【ルイビ豚】→【ルイビトン】と名付けられたそうなのです。
    名前の茶目っ気はともかくも、当時の Le Bistoro のレビューを見ると圧倒的にこの【LYB豚】についての記載が目についたので、これは惜しい事をしたとも思っていたので、今回、瀧澤氏がお店を再開するのに当たって、再び【LYB豚(ルイビトン)】を取り入れた料理を出すという事が分かったので、これも楽しみの一つとして訪れてみようと思ったのでした。
    ( Le bistro だから LYB豚ではないと思いますが )

    お店のフェイスブックを見ると、このお店のオープンの過程が分かって面白いのですが、中の内装やら何やらをオーナーの滝澤シェフが自分でかなりやっておられたようで、その辺の拘りも店内の随所に見られてそれも見所の一つかと思います。
    個人的には、天井にあるランプが一つ一つどれも違って優しい光を放っていたり、「タユイバン」のポスターが貼ってあったり、洗面所にトルコ風のミニアチュールの刺繍が飾られていたり、とあちこちに滝澤テイストがあって面白いのです。



    (左)鰆のカルパッチョ(中央)パン(右)アナゴと里芋のテリーヌ 胡瓜のソルベを添えて


    一品目は「鰆のカルパッチョ」
    「しおとめぐみ」と言うお店の名前の通り「塩が効いた」なかなか小粋な一品でした。

    二品目は、「アナゴと里芋のテリーヌ 胡瓜のソルベを添えて」
    肉厚の弾力あるアナゴと、これまたみっちりと身の詰まった里芋の組み合わせは、アナゴの身の甘さと脂肪の甘さ、里芋のあっさりとしているけどネットリとした味とが相まって、なかなか。
    付け合わせにある胡瓜のソルベと、このテリーヌに付けられていた酢味噌ベースの付け合わせが何ともエキゾチックな味。
    滝澤シェフは、トルコの公邸料理人だった事からの発想でしょうか、モザイク状のアナゴと里芋、薄緑色の胡瓜のソルベに黄色い酢味噌などは、まさにイスラム世界の【細密画(ミニアチュール)】を彷彿させます。

    フランス料理とトルコ料理というのは、体系的にも素材的にも別のジャンルではありますが、トルコでの経験とその後のフランス料理での経験をいかした料理が出てくると、今後面白いお店になっていくかと思います。



    馬肉のタルタル


    三品目は「馬肉のタルタル」
    (本来だと生卵は苦手なのですが、今回は注文の時に何も言わず)
    丁寧に叩いた馬肉に付け合わせの薬味を混ぜてお好みの加減で食べる、古式ゆかしいタルタル。
    タルタルステーキも食べていると蟹を食べている時と同じように無口になってしまうのは不思議ですが、これでお酒が飲める人はここで「もう一杯♪♪」と思わず注文したくなるのかもしれませんね。



    南仏風 ブイヤベース


    四品目は「マルセイユ風 ブイヤベース(bouillabaisse a la marseillaise)」
    ブイヤベースと言えば、ニースやカンヌ、マルセーユといった南仏が定番。
    この南仏の名物でもあるブイヤベースにも「マルセイユ風」と名付けた料理があります。「マルセイユ風」とは【marseillaise(マルセイエーズ)】とも書きますが、マルセイユの料理やトマトと揚げたジャガイモを付け加えた料理に使うメニュー表記だったりもします。
    「マルセイユ風 ブイヤベース」の特徴は、普通のブイヤベースと同様にタップリの魚貝類にサフランを加えてつくるのですが、(先ほどのトマトと揚げたジャガイモと言う関連から)「じゃがいも」を加える場合もある、というところでしょうか。

    今回のブイヤベースもムール貝がゴロゴロと入ったブイヤベースですが、特筆すべきは「オレンジ」
    ジャガイモに良くブイヤベースのソースが馴染んでとても美味しいのですが、その際に際立っていたのが「オレンジ」の味と香り。
    [お店のフェイスブック]を見ると、この時分はどうやらポルトガル風を意識して……などと書かれていたので、その流れでの「オレンジ」
    (海洋帝国であったポルトガル・スペインが日本や中国に来ていた事はフランシスコ=ザビエルの例を見れば……ですが、中国の南部の事を「マンダリン」(蜜柑・オレンジなどの柑橘類)」と呼ぶように、ポルトガルは中国からオレンジ系の柑橘類をヨーロッパに運んできたのでした)

    このメニューには”マルセイユ”とついていますが、よくよく考えて見れば、スペイン・ポルトガルと言った海洋国は、ブイヤベースとは言わずともブイヤベースらしき魚貝類の煮込みは食べているのが日常茶飯の出来事でしょうから、とりたてて驚く必要もないのでしょうが、やはり意識するべきは「ジャガイモ」………
    ポルトガルでは、魚貝類をジャガイモと一緒に煮込んだ料理と言うのがメジャーだったりもするので、今回のブイヤベースはそんなポルトガルの特徴を活かした一品だったのです。

    【portugaise(ポルチュゲース)】とフランス料理で言えば、トマトを多く使った料理の事を指しますが、今回の「オレンジ」と「魚貝類とジャガイモ」を使った料理も立派な”ポルトガル風”という事は出来そうな気がします。
    そこを分かった上で「マルセイユ風」としている点に国際経験豊かな公邸料理人としての矜持を感じる料理の組み立てでもあったのです。



    LYB豚の塩漬けバラ肉とレンズ豆の煮込み


    五品目は、お待ちかねのメイン「LYB豚の塩漬けバラ肉とレンズ豆の煮込み」
    これを味わうために、ここ金沢八景までやってきたと言っても過言ではありません。
    たっぷり目のレンズ豆の上に乗った【LYB豚】からの食欲を誘う匂いがたまりません。
    さっそく、目的の【LYB豚】にナイフを入れて大振りに切った豚肉を口へと運びます……いや驚いた!……この味は豚肉と言うよりも、むしろ猪の味に近い極めて野性味溢れる味だったのです。

    残念ながら【遺伝学】的なことは分かりようもないのですが、「ランドレース」「ヨークシャー」「バークシャー」と掛け合わせて行くと先祖返りして、元々の【猪】に近くなるのかは分からないですが、ロシアのナウマンゾウの復活計画も遺伝的に近い種類を使って戻して行くらしいので、この様な手法で美味しい所取りが出来たのだとすれば、誠にこの【LYB豚】は素晴らしい作品とも言えるのかもしれません。

    なるほど、この【豚】ならば、コアなフアンだけでは無く、単純に豚が美味しくと通ってしまうと言う人も出てくるでしょう。
    以前、食べログか何かで見た、Le Bistoro について【LYB豚】の記述が多かったのは、非常に納得の行く事だったのです。

    もちろん、”ジビエ”では無いので、ジビエ特有の野生味と言う事までは及びませんが、”ジビエ”云々と言う大仰な事ではなく、力強い「肉」を味わうと言う点では、この【LYB豚】は非常に素晴らしい逸材なのだなという事を味わった一皿でした。



    南仏風 ポワソン炊き込みご飯(ストウブご飯)


    さて、【LYB豚】を食べて更なる食欲も増したのですが、お店も開店早々とはいえ、かなり盛況で、ここから追加をすると相当に時間がかかってしまいそうな塩梅(40分前後)だったので、どうしようか頼みあぐねていると、スタッフの女性の方がシェフに時間を聞いてきますと言ってくださってテーブルに帰ってくると「20分で頑張ります」というお返事だったとの事で、それは「気は心」ということで頼むことにしたのでした。

    そんなこんなで20分を待つ事になったのですが、”待つと決めれば、それはそれで愉し”なので、先ほどの【LYB豚】の事を思い出して反芻していたり、周りに飾ってある面白いワインの瓶(何と「豚」!!)を眺めていたりすると、あっという間に時間は過ぎて、目の前に熱々のストウブ御飯が運ばれてきました。

    先ほどのブイヤベースのスープで炊いたご飯の上に鰆が乗っているモノで、見た目にも楽しい一品です。
    鰆の身をほぐして、ご飯に混ぜ込んで食べるのが美味しいとは瀧澤シェフ直伝の食べ方なのですが、この時、滝澤シェフご自身もテーブルにいらしてくださって、直接お話をさせて頂く事が出来たのでした。

    料理を食べるのも”ご馳走”ではあるのですが、料理の話をするのも”ご馳走”ではあるので、普段はなかなかお話をする事が難しいシェフの方とお話が出来るのはとても楽しい一時でもあります。
    滝澤シェフとも「ハムサ」「le bistro」時代の事などをお話させて頂いて、それこそあっという間に時間が経ってしまいそうな気配だったので、多忙なシェフのお邪魔をしては申し訳ないので、盛り上がりつつも途中で切り上げる事として、「締めのご飯」へと取り掛かります。

    ポワソンのスープ(魚の出汁)が柔らかく効いているのが特徴なのですが、一緒に入っている「トマト」と「黒オリーブ」が混ざると、味が色々と花開くのが素敵ですが、考えれば、滝澤氏はトルコ・イスラム風の料理には精通されているのであり、この独特の「トマト」「オリーブ」は南仏風よりもトルコ風の組み立てかなと思ったりもしたのでした。
    この「締めのご飯」、鍋に入っているので最初はそれと気が付かなかったのですが、味は”上品なピラフ”に似ています。
    フランス料理で「ピラフ」?という向きもあるかと思いますが、【Pilau(ピラウ)】はれっきとしたフランス料理で、かのエスコフィエは【Pilaw de mouton a la Turque(羊のピラフ トルコ風)】として料理にしていますが、【A la Turque(トルコ風)】という形容がなされるように、元々は中東に由来する料理をフランス料理にまで持って行ったというところでもあるので、本場のトルコでの経験値が高い滝澤シェフの経験がいかんなく発揮される「ご飯料理」だったとも言えます。

    本場トルコの「ピラフ」ではあるが「ピラフ」そのものでは無く、またフランス料理でもなく、それは「締めのストウブご飯」なのですが、色々な国の料理のエッセンスを取り入れて作りだされる国際色豊かな料理と言うのが、この公邸料理人だった方の持ち味の一つだと思うのです。



    白桃のポタージュ ベルベーヌのグラニテ添え


    そして、最後の七品目はデセールということで「白桃のポタージュ ベルベーヌのグラニテ添え」
    桃の冷たいスープに、桃の薄切りと桃のシャーベットが乗ったデセールは、あっさりとした上品な甘さで、爽やかな後味を覚えました。
    この辺の上品さは、ある意味イスラム風の調和のスタイルの気がしますが、イスラム風(トルコ風)だとそれこそ物凄く甘いので、それとは一線を画す形での上品なスタイルは公邸料理人として洗練されたものなのかもしれません。

    今回、まだオープンしたばかりのお店にお邪魔をしたのですが、滝澤シェフの脇を固めるスタッフの方達がとても清々しくて、とても素晴らしい方達に恵まれているなぁと思いました。
    お一方は看護師さんの卵の方で、とても気配りが上手な方で、このサービス精神があればきっと人気者の看護師さんになるのでは?と思う方。
    もう一方は、滝澤シェフの前職の鎌倉のお店から滝澤氏を慕ってこのお店にやってきたと言う方。こちらの方は料理人を志望されているという事で、もっともっと学びたい・色々と見たいという意欲に溢れる方でした。
    お二方ともとても笑顔が素敵な方で、まだ木目も新しい店内を更にキラキラと照らすような感じで滝澤氏の料理に華を添えてくれていました。

    まだまだ色々な事が始まったばかりでジビエにまでは手が回らないとおっしゃる滝澤氏でしたが、「しょっぱく営業中」というエッジの効いたフレーズよろしく、今までの経験を活かした独自の世界を切り拓いて行って欲しいなと思った夜でした。