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2016年05月28日:君の名は【鳥獣戯画とスコベレフ風カツレツ】@A ta guele (アタゴール)

アミューズ:キッシュロレーヌ アミューズ:梅雨イワシのピサラディエール スープ:夏トリュフのパリソワール



    アミューズは「キッシュロレーヌ」
    今日のアミューズは、何時もの白神山地の山菜や鎌倉野菜に合わせてキッシュロレーヌが登場しました。
    アルザス地方の名物料理ですが、今や日本のデパ地下や、洋風料理ではメジャーな存在になっているものですが、今回のキッシュロレーヌは「玉ねぎ」をメインにと言うよりは、色々な野菜が入ったちょっとした「野菜のパイ」の様な趣きでした。
    グリーンピースの粒々を感じつつ、チーズの味とキッシュの小麦粉の味を感じると、フランス(ドイツ)の御惣菜系の料理も洗練して行くと面白いかもと。

    もう一つアミューズが登場「梅雨イワシのピサラディエール」
    「ピサラディエール」とは、南仏のパン生地をベースにした”ピザ”の事で、ニースやモナコといった”かつてのイタリア”の側で盛んな料理の一つ。
    ”ピザ”との違いは、生地の上に格子状の模様を作る(書く)のですが、今回はアミューズ仕様なので、格子模様はなし。
    なかなか、”ピサラディエール”という名前で正面から出てくるお店は少ないのですが、実は、アタゴールの定番メニューの一つで、初夏の時期にはメニューに登場します。
    先ほどの「キッシュ」もそうですが、こういうところで【テロワール】に基づいた料理がサラッと出てくるところに、オリエント急行に乗っていた曾村氏の幅広い視点が窺えて面白いもの。

    そして、定番中の定番「夏トリュフのコンソメ パリソワール仕立て」
    ”以下割愛”と思わず筆が滑りそうになりますが、本当に、これがあると毎回頼んで(飲んで)しまうのですが
    濃厚なコンソメのジュレを掬って、クリーム状のトリュフを合わせて出会う至福の瞬間……
    きっと、あのタレイラン閣下が存命であれば、この一品に自分の名前を付けたいという欲望に駆られるかもしれません……そんな”魔力を持った”スープなのです。

前菜:【蛙と兎の鳥獣戯画】



    先日、「蛙のストロガノフ グーラッシュ風」を食べた際に、「蛙」の肉質は鶏に近いとも思うけど、「家兎」にも似ているよね……と思ったのが今回の発端。
    単純に、「蛙と家兎(lapin)のストロガノフ」をお願いすれば良い事でもあるのですが、そこはそれ、同じような系統のメニューをお願いするのもイマイチ芸が無いので、それはまたの機会をうかがうとして、今回は「蛙」と「家兎」で何か作って貰おうと思ったのでした。
    それがこれ、「蛙と家兎のアスピック仕立て」。名付けて【鳥獣戯画】。
    ある意味、シャレと言えば洒落なのですが、こういう楽しみ方は日本人でないと出来ない楽しみ方でしょうから、ちょっと(大いに)ワガママを言って作って頂いたのでした。

    【無名】の、そして良くそれぞれの役割も分かっているようでいないような動物が織りなすこの日本の名画(美術品)
    (ワタクシメの様に浅学非才の身には)この巻き物を見渡しても、一体何に【風刺】があるのかも掴み辛いところ(【蛙の検非違使】がいるとされるのだが……)、それこそ【戯画】と呼ばれるモノならば、これを”戯れに”フランス料理の愉しみに使うのもアリかな?と。 それこそ【誰が書いたのか】すら謎のこの絵画の作者達も、数世紀たって、この様な使い方(楽しみ方)をされていると知ったならきっと笑ってくれるだろうと思います。

    そんな事で誕生した【蛙と兎の鳥獣戯画】……フランス料理の名前としては「aspic de grenouille avec lapin」と何とも味気ないものになりそうですが……アスピック(ゼリー寄せ)なのは、【戯画】と言う事で「画」ですからね、やっぱり”見えないとね”と言う曾村氏一流のエスプリなのでしょう。

    遠くアンダルシアの兎が、日本にまで来て、【鳥獣戯画】と言う名前が付くのですから、本当に世界は狭くなったものですが、この【鳥獣戯画】の作者達もまさかスペインなどと言う本朝から天竺・震旦よりも遙か彼方からのお客様だと知っていたなら、「画」の中ではもっと違う登場の仕方をしたかもしれませんね。
    (【蛙】は今回は国産)

お口直しのグラニテ:メロンのシャーベット アニスの香り メイン:スコベレフ風カツレツ 




    【鳥獣戯画】のお後もよろしく、お口直しのグラニテは「メロンのシャーベット アニスの香り」
    なかなかメロンとアニスの相性も良かったので、もしかすると「メロン」を「アニス」で煮たら面白いかな?などといけない事を思いついたりしましたが、流石に、今後日本の気候も亜熱帯並みになるのだとすると、「フルーツのスープ」と言うジャンルが確立される日も遠くなさそうな気がします。

    そんな戯れ言を申しつつ、今回のメインは「スコベレフ風カツレツ」

    フランス料理にも”揚げ物”は幾つかあるのですが、個人的に非常にお気に入りなのが「ポジャルスキー風カツレツ」
    かつて今から遡る事四半世紀、六本木のロシア大使館近くに在った”Volga(ヴォルガ)”と言うロシア料理のレストランで食べた「鴨のポジャルスキーカツレツ」が非常に美味しくて、今でもその時の事を想うと鮮明にその映像が浮かんでくる有り様なのですが、上の写真の真ん中のロシアを代表する文学者のアレクサンドル=プーシキンでさえ、 このポジャルスキー風カツレツを讃える詩を書いているそうですから、如何にこの料理が人の心を鷲掴みにするのかを表しています。

    似たようなものに「キエフ風カツレツ」と言うモノがあり、ポジャルスキーは牛肉に包んで揚げる、キエフ風は鶏肉に包んで揚げる、と言う部分が大きな違いになりますが、「久しぶりにこのポジャルスキー風カツレツを食べたいな」と思って調べていると、何と「スコベレフ風カツレツ」なるモノもあるではないですか……

    別に新し物好きな訳では無いのですが(観ての通り「古典派フランス料理」の愛好者なので)、”○○風”と言う名前のモノを見ると反応する”悪い癖”があるので(それこそ、これも「宿痾の病」と言えそうで)、”新しき登場人物スコベレフ”なる人物の名前が付された料理とは何ぞや?と非常に興味を掻き立てられたのでした。



プーシキンが好きなもう一つの【ストラスブールパイ】も
ポジャルスキー風と同じように”挽き肉”を詰めてますね




    「スコベレフ風カツレツ ケベック産の仔牛を使っております」と市川氏が今日のメインを持って来てくださいました。
    そう、市川氏が言うように”スコベレフ風カツレツ”は【仔牛】を使ったポジャルスキー(またはキエフスキー)カツレツの事だったのです。
    付け足すならば、このカツレツに櫛形のジャガイモを添えて、タマネギのソースを合わせるとの事ですが、今回はジャガイモの方はお皿に一緒に盛るのでは無く、付け合わせの”グラタンドフィネ(gratine dauphinos)”と言う形になって、【約束通り】の展開に揃えられています。

    ”初々しい”仔牛……しかもカナダのケベック産のミルキングベールの肉を使っているので、見た目”揚げ物”感とは裏腹にとてもあっさりとしたお味、それにタマネギの甘じょっぱいソースが補って、それこそ幾らでも口に入って行ってしまいそうです。

    では……こんな美味しい料理を、当のスコベレフ(ミハイル=スコベレフ)は食べたのでしょうか?
    このスコベレフ(上のプーシキンの隣の髭の方)は、食いしん坊とか文化という事で有名な方では無く、どちらかと言うとゴリゴリの軍人で、それこそ輝かしい戦果を以て名を馳せた人物でありました。
    それこそ、彼の業績は軍事遂行いう分野に顕著であって(ロシア帝国における軍用犬の分野などにも功績があり)、とても料理の分野での活躍は想像できないものでした。

    では何故、彼の名前が料理名に付けられることになったのでしょうか?
    スコベレフの事を調べて行くと、ロシア製のタバコの名前にも彼の名が付けられている事が分かります。
    どうやら、国民的に知名度が高い”スコベレフ将軍”の名前を付けることでタバコの売り上げを伸ばそうという戦略だったらしく、この時代、特に帝政ロシア時代の広告戦略としては極めて良くある事だったようでした。

    結局のところ、スコベレフ将軍とスコベレフ風カツレツの繋がりは分からずじまいでしたが、彼が【英雄、白い将軍】と呼称された事が影響して、肉質が白い「仔牛」の料理に彼の名前にあやかってネーミングをした……とでも考えた方が無難なところでしょうか。
    (穿った物の見方をするならば、極度にスラブ民族中心的な意識を持っていたスコベレフとこの仔牛料理を重ね合わせる事で「国民的な料理」を創出しようとする筋があった……と考えれば、合理的な気もしますが……まぁそんな事は無いでしょう)

    スコベレフその人が、スコベレフ風カツレツを食べる機会があり、その名前を尋ねる事があったとしたならば、自己のあずかり知らない内に自分の名前が付けられている事をどのように思うのでしょうか?

    果たして……”名も無き仔牛の料理”が、それに相応しい名前を求めて……行きついたのが偶然に”スコベレフ”だったのか……
    それとも、実は【英雄、白い将軍】と呼ばれるスコベレフも料理に興味を持っていて、それを秘かに知る人物がそれをおもんぱかって、彼の知らなうちにコッソリと名前を付けたのでしょうか……
    いずれせよ、【料理の名は(君の名は)?】が関心事となって食べる事になった美味しい料理の一皿だったのでした。

デセール:ザッハトルテ ブラックチェリーのブリュレ プチフール:マカロンココナッツ




    前回の締めのデセールは、思いっきり”ザッハトルテ”を味わいたいという希望の元、他の要素を排除してザッハを堪能したわけですが、どうやら今回のデセールもアタゴールの中の人が気を利かせて、前回と同様に、しかしてその形態は別な【ザッハトルテ】を用意してくださったようです。

    ”分厚いザッハトルテ”……

    いや、きっと【英雄、白い将軍】もこの分厚さのザッハを食べたら、ロシア料理以外のモノも認めてくれるはず……

    そして”何故か”もう一品デセールが。
    「ブラックチェリーのブリュレ」
    焼きたて、出来たて、のブリュレに冷たいバニラアイスクリームを乗せて食べる「熱々、ヒヤッ、甘っ」が溜まりません。

    こうして、何時ものように【何ものにも代え難い美食の時間】は瞬く間に過ぎ去っていって、気が付けばサロンカーで、最後のプチフールを食べ、紅茶を飲んでいるのでした。

    ”名も無き【兎】と【蛙】の【鳥獣戯画】”、対して、”立派な名前の由来が不明な【仔牛】”……どちらも【有名】なタイトルを持った存在だけに、興味を惹きつけて止まない不思議な”モノ”達でありました。