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2017年06月19日:ルイお誕生祭【エカチェリーナ2世風の雉】@A ta guele (アタゴール)

    水無月(みなつき)は、ワタクシ、ルイのお誕生月……昨年は「氷細工」と言うとてつもないモノを頼んだお誕生祭でもありましたが、今年は少し抑え目に行こうという事で(支配人の市川氏からは「氷」どうしますか?とは聞かれたが)、その時に興味を持っていたロシアのエカチェリーナ2世が宴席で出したと言う【雉】を食べてみようと思い立って、それをメインにしたコースを作って貰ったのでした。

アミューズ:仔豚のリエットと白神山地の山菜 rillettes de cochon et cornichons de SHIRAKAMI



    アミューズは「仔豚のリエットと白神山地の山菜」
    仔豚のちょっと軽目で柔らかい肉の味に緩めの脂が絡んだリエットに、これまた巧く漬けられた山菜が合っていて、本当にパンが美味しくて困ります。
    昔なら(バブル期なら)ここで、リエットをお代わりしてパンをムシャムシャとやっていたと思いますが、流石に時が流れる幾星霜……ここは自制して次を待つのでした。

前菜:サマートリュフのパリソワール仕立て consomme Paris-soir aux truffe de ete 



    前菜は「サマートリュフのパリソワール仕立て」
    本当に、飽きずに毎回オーダーをしてしまう”パリソワール”仕立てのトリュフのコンソメスープ。
    (毎回書いていますが)メニューにある時期であれば、ほとんど頼んでしまう素晴らしいスープ……
    今回は、日本アスパラガスをスープに入れて、それに合わせてコンソメの濃さも濃い目に調整をしたそうです。
    西洋アスパラガスとはまた違った風合いで、むしろあっさりとした日本アスパラガスとコンソメスープが、まるでカツオ出汁と昆布で引いた上質の椀物の様になるのが不思議なところです。
    これで、日本でトリュフが採れる様になったら面白いのに……などと思ったりもしますが、出来てももう少し先になるのかな?などと思うと、また日本のフランス料理の景色も変わるんだろうなぁなどと牧歌的にその時を愉しみに待つのでした。

    (日本でも森林総研なる所がトリュフの人工栽培の研究を始めているそうですが、これまた面白いのが”日本にしかないトリュフ”の胞子でトライしていると言う事なので、いつぞよか【日本トリュフ(truffe Japon)】などと言うブランドが誕生するかもしれません)

前菜:馬肉のタルタル メルバトーストを添えて steak tartare et toast Melba




    前菜は「馬肉のタルタル メルバトーストを添えて」
    日本では、あれこれとした騒動もあって、益々縁遠くなった「タルタルステーキ」
    それを前菜にオーダーをしてみました。本家のフランスでは「馬」や「牛」で作りますが、やはりここは本場に倣って「馬」で作って頂く事にしました。

    (日本での「馬肉」を使ってのタルタルステーキの元祖(「馬肉のユッケ」)は”岡本太郎先生”らしいと言う事を、以前、良く通った「桜なべ中江」で教えて頂いた事がありますが、馬肉は良くしたもので、美味しくてクセも無く直ぐに力になるので、それこそ岡本太郎が愛用して食べていたと言うのは頷ける所でもあります。)

    単純に「馬のタルタル」と言う事になれば、そこに黄色い生命力の象徴のような「生卵」を落として出来上がりの部分もありますが、何分、ワタクシは「生卵」はNGな食材でもあるのと、やはり”お誕生祭仕様”と言う事もあるので、「お洒落な感じ」でと(これまた一番頼まれて困る抽象的なモノ言いで)お願いをしたのでした。
    そんな事もあり、当日出てきた「タルタル」は、チコリが花のように模されて配置されるのも見目麗しかったのですが、それを凌駕したのがタルタルと一緒に食する「メルバトースト」の素晴らしさだったのです。

    茶色いメルバトーストの上にチコリを敷いて、その上にアッサリ目にマリネされた馬のタルタルをたっぷりと載せて、右手に持って一気に頬張ると”何これ美味しい♪”の世界が口の中に広がって行くのですが、この土台とも言えるメルバトーストが、普通の食べるパンとは違って、非常に良く水分が抜けて、マリネされた馬肉の水分と巧妙に合うように出来ていて脱帽ものだったのです。
    思わず、山田氏を呼んで「このメルバトーストどうしたの???」と聞くと

    「今回のメルバトーストは、オーブンで乾かさずに半日、車両の天井の上に置いて乾かしました」

    思わず、絶句をしたのですが、この素晴らしく水分が抜けて絶妙な塩梅になったメルバトーストは”お日様”の力によるものだったのです。
    と言うよりも……そこまでの”手間暇”をかけて美味しいモノを作ろう(出そう)と言うアタゴールの皆さんの気概に心奮えた一瞬でありました。

    感動に心動かされつつも、食べる手を休めない自分のダメっぷりを認識しつつ、”今日はお誕生祭だから~♪♪”と絵に描いた様な解答を自分に用意して食べ進める「馬のタルタル」……

    そこには 何の迷いも 衒いもない ただ美味しいモノを食べ進みたいと言う 何事にも左右されない 赤子の様な 頑迷な心に従ってお皿を綺麗にした自分が居たのを発見した誕生祭の一コマでもありました。

    かつてのスーパースターであるマレーネ=デートリッヒや、現在のマドンナも、メルバトーストは好物との事で、彼女達が好む主な動機としては「ダイエット(diet)」としての側面だろうなと考えていた部分がありましたが、今回、こういう贅沢なメルバトーストを食べてみると、「これはダイエットだけでは無くて、”美味しい”と言う部分もあるな」と妙に納得した部分もあったのでした。
    やはり、【百聞は一見に如かず】、色々と過去に書かれているモノの真価は、(それが何処まで復元できるのかと言う部分はさておき)実際に食べてみないと分からないな、と言う事も改めて認識をした次第。
    別に、今までメルバトーストを食べた事が無い訳ではないものの、”天日で干す”というプリミティブな方法が、今となってはかえって贅沢な方法で、そしてオーブンでは出せない素晴らしい味を引き出すのだという事も、ここに改めて書き記して置こうと思ったのでした。

お口直しのグラニテ:レモングラスのグラニテ granite aux citonnelle




    お口直しのグラニテは「レモングラスのグラニテ」
    前の「馬のタルタル」はマリネがされていた事もあって、結構さっぱりな感じではあったのですが、レモングラスを食べると、また違った意味で、先のタルタルとメルバトーストが思い起こされます。
    何時もは”さっぱりとしてメインへ”と書く部分ですが、今回は”レモングラス”の魔術のせいか?何やら興奮を高めながら次のメインを待つのでした。

メイン:雉のシューファルス エカチェリーナ2世風 chou farci aux faisan de BOUSOU a la Catherine deuxieme




    さて、待望のメイン「雉のシューファルス エカチェリーナ2世風」

    ”エカチェリーナ2世風”とは名を付けましたが、特にフランス料理のメニューに公式に【エカチェリーナ2世風(a la Catherine deuxieme)】というモノがある訳ではないので、ワタクシの勝手な命名でもあります。
    ロシア料理がフランス料理を良く受け入れて独自の料理に昇華していった事は、フランス料理やロシア料理に関心を持つ者にとっては常識の範疇に属する事でもありますが、残念ながら良くフランス料理を輸入してロシアをフランス料理大国に押し上げようとした張本人である【エカチェリーナ2世】の名前が付いた料理は無いのです。

    「無ければ、むしろ自由に作れば良いのでは?」と言うのが、(何のしがらみも無い、単純に趣味で)”食べる側”の勝手気儘な部分ではありますが、頼む以上は(作る以上は)色々と調べた上で無いとなぁと言うことと、何よりも美味しくないとね?というのが一番注意を払うべき部分になるでしょう。

    今回、特に【エカチェリーナ2世】と名前をつけた料理を食べようと考えたのは特に奥深い理由があった訳ではなく、アタゴールで曾村氏に何回か作って頂いたグリーンピースのスープが非常に美味しいのと、お洒落だった事もあって、何となくロシア宮廷におけるロシア料理のイメージに重なってロシア料理(ロシア風フランス料理)を食べたい……と言う極めて単純な理由に他ならないものでした。

    先ほど、【エカチェリーナ2世】の名前が付いた料理は無いと言う事を書きましたが、ロマノフ家に関する料理名はそれなりに充実はしています。

    【Romanoff】:ロマノフ家
    【Piere le Grand】:ピョートル大帝
    【Nicolas Ⅱ】:ニコライ2世
    【Demidof】:ドゥミドフ皇子
    【Orloff】:オルロフ公爵
    【Stroganof】:ストロガノフ家
    【Souvaroff】:スーヴァロフ将軍

    などなど……
    これらの”固有名詞”を使ったものの中には、「仔牛のオルロフ風」とか「ビーフストロガノフ」などの様に結構有名な料理もありますが、やはり「ピョートル大帝」とか「ドゥミドフ皇子」とかをどの様な場面で登場させるの?と言う大きな疑問も生じてくる事になります。
    他方、前述の【エカチェリーナ2世】や、ナポレオンを撃退した【アレクサンドル1世】などのVIPは無い訳で、この辺のフランス料理のネーミングの有る無しは、結構な難問でもある訳です。
    (それこそアレクサンドル1世などは、かのアントナン=カレームをロシアに呼んでフランス料理を作らせたりしているので、何で彼の名前を付けた料理が無いの?と言うのは本当に【謎】)

    そんな事が頭の中にあり、曾村氏の華麗なグリーンピースのスープを思い浮かべつつ、”漠然とではあるものの”そろそろロシア料理を食べたい……的なモードに至ったのですが、その頃に、丁度「ロシアビヨンド(RUSSIA BEYOND)」なるサイトを見ていたところ、アレクセイ=デニソフという人が寄稿した「ツァーリの食卓のメニュー」という記事の中にエカチェリーナ2世の宴席で「ピスタチオ入りの雉」と言うものが出ていた事もあり、”詳細な内容(料理のルセット)は分からないけれど食べてみたいな!”と思うに至り、今回のお誕生祭のメニューとしてお願いする事にしたのでした。


    <<左から:エカチェリーナ2世:彼女の夫のピョートル3世:彼女の愛人として名を馳せるオルロフ公爵>>

    今回「緑のグリーンピースのスープ」が引き金になった部分はあるが、実はこの上の絵画のエカチェリーナ2世の来ている洋服も「緑」がベースになっている。
    実は、今を遡る事、幾星霜……アンリトロワイヤと言うロシア研究の第一人者が書いた「女帝エカテリーナ」(中央公論版)という本を読んだことがあり、その扉絵が丁度この絵であったことから、どうも自分の中のエカチェリーナ2世像がこの画像になっている部分もあって、【緑→エカチェリーナ2世】という条件反射が行われた部分もあったな……と改めて思い返した次第。



    ”かような”経緯を経て、目の前に鎮座ましました「雉のシューファルス(エカチェリーナ2世風)」
    ピスタチオと大振りのモリーユ茸がたっぷりと入ったソースも素晴らしいですが、クレピネットで包まれたキャベツ(シュー)の中からこぼれ出す緑のピスタチオとそら豆もまた素敵です。

    雉の肉を噛みしめながら、少々塩味の利いたソースをまぶしつつキャベツを食べると、ロシア風の宮廷料理はロシア料理とフランス料理の良い所を採ったさぞかし贅沢なものだという事が否応でも分かります。
    世界一の金持ちと呼ばれたロマノフ家が、金に飽かせて作りだした「ロシア風の宮廷料理(フランス料理)」……それは今となっては味わう事は出来ないですが、後世の食いしん坊の我々は、何とかしてその影だけでも見ることが出来たら幸せなことだと思うのです。

    今回のこの「雉のシューファルス」がロマノフ家のお眼鏡に適うかどうかは知る由もありませんが、少なくとも房総半島で獲れた野生の雉をフェザン(熟成)させ、外側を茶色に、内側を緑にというコントラストな色調でつくりあげた一品は、非常に手の込んだ一品だという事は(もしロマノフ家があったとしたら)お分かり頂けるのでは無いでしょうか?

    ドイツの弱小貴族の家柄からロシアに嫁ぎ、ロシア人では無いのに”大ロシアの皇帝”にまで登りつめた【エカチェリーナ2世】
    内面が緑の雉が、大きなモリーユ茸の冠を被り、茶色い豪奢な毛皮を纏った様にも見える「雉のシューファルス」は、まさに一時代の傑物たる彼女を表すものに相応しい一品だという感慨に浸るのでした。

デセール:ザッハトルテとチョコレート・ピスタチオのアイス Sachertorte et creme glacee au chocolat et glacee pistache




    デセールは「ザッハトルテとチョコレート・ピスタチオのアイス」
    今回は、昨年の氷細工の反動もあり、大人しく・控えめなデセールを。
    先ほどの”ピスタチオ”が今回はアイスクリームになっての登場ですが、このピスタチオのアイスはコクがあるけれどもそこまでしつこくは無い甘さなのでお気に入りの一品なのですが、何よりもこのザッハトルテが非常に秀逸で、それこそホールで”丸っと一個”食べたいと思うほどの出来映えなのです。
    ”安定した美味しさ”
    アタゴールで迎える2回目の”お誕生祭”
    今回の”隠れた主題”の一つでもあります。

プチフールとコーヒー:トウモロコシのポレンタ風とルバーブのパートフリュイ mais en polenta et pate de fruits au rhubarbe




    サロンカーへと移動して、最後のお楽しみは「トウモロコシのポレンタ風とルバーブのパートフリュイ」。

    これまた、安定的な美しさを誇る白鳥と薔薇の曾村氏のシャボンカーブの素晴らしさを見るにつけ、今回の”お誕生祭”は昨年とは違った意味で色々と楽しめた構成だったなぁと割と真面目に自画自賛をしているのでした。
    美味しい料理に舌鼓を打ちながら、その背景になっている世界史や料理史の事を考える………これに勝る幸せが何処にあろうか?(いや無い)という事を噛みしめつつ、また何日経てば”お誕生祭”だろうかなどと指折り数える自分に、ご同席した方も(内心あきれつつだとは思うが)「そうですね」と相槌を打ってくれた事に少々顔を紅潮させ、「素晴らしい誕生祭だった」と改めて思い返すどうしようもない自分が健在であることを確認した一瞬でもありました。