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2016年05月23日: 蛙の宮殿Ⅱ【小野正吉へのオマージュ】@A ta guele (アタゴール)

    先日の【蛙のゼリー寄せ】と【蛙のカレー】が余りにも素晴らしく、もう少し【蛙】を堪能したいと考えました。
    ただ、前回から、時間的に間隔があいていない事もあり、一つだけ料理をお願いして後はお任せと言う事でコースを仕立ててもらったのが今回のお料理です。

オマール海老のビスクとムース:



    まず、最初のアミューズとして、「鹿とフォアグラのリエットと自家製ピクルス」が出てきました。
    アタゴールはジビエに力を入れているお店でもあり、保存が効く様に塩漬けしたジビエの肉を素材にして出てくる事もあります。
    今回のアミューズもその一品で、強めの塩っ気にフォアグラの柔らかい脂の部分が組み合わさってエッジの効いた味になって、添えてあるパンが進んでしまいます。

    次に、最初の前菜として、「ノヴァスコシア産オマールのビスクとムース」が出てきました。
    「ノバスコシア」とは、カナダの州の一つで、フランス語で”Nouvelle Ecosse(ヌーヴェルエコッセ)”と表記されるフランス系移民による植民地が形成された地域でもあります。

    オマール海老と言えば、フランスのブルターニュのブルトン(breton)が思い付くところですが、何故かブルトンは大西洋を隔てて獲れるノバスコシア産やメイン州産のモノとは形状が違うと言う不思議な生き物で、近年はその捕獲数からも希少性が高く貴重なものになっています。
    ブルトンの身の甘さやふっくらとした肉質からブルトン至上主義の方もおられるし、実際にブルトンが美味しいのも承知なので敢えてブルトンと他のオマール云々と言うような事は言っても仕方が無いかなとも思うところ、確かに料理は”素材”と言うのも重要なのですが、”技術”と言う点も大きな部分ではあるので、メイン産でも、ノバスコシア産でも作り手と食べ手がブルトンで無くても問題が無ければ拘る部分でも無いと思っています。
    要は、ブルトンでやればもっと美味しかったかもね!?となると言うところでしょうか。
    (後は、平たく言えば、英語で言うとロブスター、フランス語で言うとオマールと言う事で、フランス本国のブルターニュは「オマール」、カナダは英語圏・フランス語圏の両方でもあるので、ある時は「オマール」ある時は「ロブスター」と言う事で混同しがちなことも。一般論としては「オマール」が小振りで身がしっかりしている、「ロブスター」は大振りでやや大味と言われるが、それこそ辻静雄が駆け出しの時に体験したブルターニュでの2つ星のお店の様な事でもなければ、なかなかその違いを実感するのは難しいのかも知れません。)

    さて、アタゴールの曾村氏は一貫してノバスコシア産のオマールを使っているとの事で、この辺は直接お伺いした事はないですが、氏の信念によるところでしょう。
    オマール海老をコニャックで炙った残り香が大人のビスクである事を漂わせていて、煮詰め過ぎない程の感じの液体にしっかりとオマール海老の味が出ているので、これはこれで一つの在り方だなと思うところ。
    また、ムッチリとしたオマール海老が練り込まれたムースが、先ほどのコニャックと合わさって身の甘さがふわっと鼻を抜けて行く様な仕掛けも嬉しい部分。個人的には匂いだけで酔ってしまうので、もう少し薄めのコニャックでも良いのですが、これはこれでありでしょう。
    お皿には、一つのシンボルとしてのオマール海老の殻が乗っています。ワタクシが古典派料理が好きと言うこともあっての嬉しいサービスの一つ。古典派料理の中ではこういった形で甲殻類をちょこんと一匹乗せたりもするのです。
    オゼイユの葉っぱを酔い冷ましに噛みながら、甲殻類特有の砂鉄っぽい香りとコニャックの残り香が鼻腔と口腔とを忙しく抜けて行くのを横目で見ながら、「オマールのムースもっと食べたいなぁ」と無邪気に思いつつスプーンを動かすのでした。



オマール海老は右手が大きいんだね!?

グルヌイユのエスカルゴスタイル E&O風 



    オマールの次に出て来たものは”グルヌイユ(grenouille)”でした。
    今回のコースは、前回頂いた「蛙」の延長線でもあるので、早速の登場と言う事になるのでしょう。
    曾村氏のスペシャリテの一つに「蝦夷ぼら貝のE&Oスタイル」と言うものがあります。
    シンガポールとタイの間を走るもう一つのオリエント急行の中で曾村氏が生み出したのがこのお料理ですが、たっぷりのスパイスとハーブが効いた一品ですが、”コブみかん”と言う独特の柑橘類が素晴らしい奥行きを与えてくれて非常にエキゾチックな味を醸し出してくれるものです。
    【蛙】と貝とは違いますが、その繊細な味わいはスパイすやハーブと良く合います。
    エスカルゴを入れる容器にグツグツと煮えたぎった感じで【蛙】が入っています。見た目、油がたぎっているのでクドイのかな?と思いつつも口にすると、そんな事は全く無く、良く練られたハーブや玉葱が効いていてあっさりした感じでビックリします。
    そして、何よりも”コブみかん”……これが、非常に独特の存在感を示していて、爽やかな甘みの中に山椒の様なミントの様な味が通っていて、煮えたぎった薬味のある種の重たい印象はどこ吹く風となってしまい、【蛙】らしい繊細な味わいがはっきりとしてくるので不思議です。
    この一見”マジック”の様な様々なハーブや香辛料の組み合わせが、西洋をして【謎めいたオリエンタル(東洋)】と言う認識を強めるのでしょう。
    太陽のむせ返る様な地域だからこその恵みでもあるハーブや香辛料は、秩序だった西洋とはまた異なる”風”の様なそんざいゆえ、人々の心も魅了したでしょうし、料理にも【違う次元を開く鍵】にもなったのでしょう。

    【蛙】らしい料理とは何ぞや?的な事もありますが、前回の【蛙のゼリー寄せのピラミッド】【蛙のピラミッドカレー】と来て、今回の【蛙のオリエント急行スタイル】の何れもフランス料理の枠組みにあって、その枠の中に”エキゾチックな風”を巧みに取り入れている事で、ともすれば繊細過ぎて埋没しそうな【蛙】の味を浮き彫りにしている……と言う点が素晴らしいという事になるのではないでしょうか。

    蛙の後は、お口直しの「ミントのグラニテ」を食べ、少々勿体ないと思いつつも口の中のオリエンタルな雰囲気に別れを告げ、次の料理の準備へと入るのでした。

    ……と思って待ち受けていると、支配人の市川氏が「メインの前にこれを」と言って、綺麗に絞られて小皿に入ったポムデュシスを持って来ました。
    ポムデュシスも、その場の状況に応じて、単体で一品となり得る様な場合の味付けもあるし、本当に付け合わせとしてのあっさりとしたお口汚し的な場合もありますが、今回のポムデュシスはあっさりとしたもので殆ど薄い味付けで芋の触感を楽しむと言う風体のものでした。

グルヌイユのドーム モリーユ茸とブールブランソース




    先ほどのポムデュシスを食べて暫し時間が経過するのを待ちます。

    グルヌイユのドーム モリーユ茸とブールブランソース」

    「先にお話のあった通り、小野正吉氏へのオマージュのスタイルで」

    と市川氏が恭しく持って来てくれたのが、このメイン。
    しっかりとポロ葱で編んだドームの中にグルヌイユのムースが入っていて、大きなモリーユ茸2つがバランス良く置かれ、バターソースの一つでもあるブールブランソースがたっぷりと敷かれています。

    今回、このメニューをお願いしたのは、前回からの【蛙】を堪能したいという事もありましたが、もう一つの理由がありました。
    それは、「月間専門料理別冊 グランシェフ3(昭和61年9月):柴田書店」の巻頭に出ていた小野正吉氏の「小野正吉の最新フランス料理 どんな調理行程にもひとつひとつに重要な意味がある」と言うページに出ていた、【ポロ葱を編んだものの中にホタテでムースを作り4種のソースで】なる料理に非常に興味を惹かれたからでした。
    (ちなみに、月間専門料理別冊には、錚々たる顔ぶれの方々が載っていて、彼等の作る料理の内容や骨格の重厚さや品格を見ると、本当に美味しいんだろうなぁと思わせる様な品々が載っています)
    とは言え……そのままこれを作って下さいとお願いするのも芸が無いので、どうしようか?と思案していた最中でもあったのですが……
    先日、頂いた「蛙」を食べながら、「そうだ!? ホタテを蛙に変えたら美味しいはず!!」と結びつくに至り、前回の食事終了後に市川さんにお話をしてお願いをした…と言うわけでもありました。
    (概略は、その日にお話しつつ、仔細は後日にこの本のページをカラーコピーして郵送しました。)

    特に、小野正吉氏の料理だからホテルオークラ出身の曾村氏にお願いをしようと意識していた訳ではなく、たまたま【蛙】料理の延長での話だったのですが、折角のご縁(巡り合わせ)でもあるので、思い切って市川氏に相談をして(市川氏経由で曾村氏に相談して)良かったと思っています。
    やはり、ホテルオークラのフレンチはオークラ出身の方の方が色々と内部的な技法や伝統などもご承知だとは思うので、オークラ出身の方にお願いをするのが、より良く小野正吉氏の意図するところも実現出来るかと思ったので。
    そして、前回に登場いただいた「サリーワイル」のお弟子さんとして日本のフランス料理を牽引した立役者である小野氏。
    どうしても、今回の【蛙】シリーズに登場していただきたかったのもその流れを顕わしたかったからでもあります。

    そんな訳で、この【蛙】のムースをポロ葱を編んだもので包んだ料理を記念して、「小野正吉氏へのオマージュ」と名付けた次第。




    さて、肝心な料理の方ですが、みっちりと編みこまれたポロ葱……これだけで一つの工芸品の様な「○○細工」などとなりそうな雰囲気ですらありますが、弛みなくキッチリと編まれたポロ葱に驚きもし、流石にプロの技と感嘆するところでした。
    ナイフを入れてなお型崩れしないポロ葱のドームは、本当に凄いの一言で、ポロ葱の大きさや硬さなどを計算し尽して編まれた事が良く分かります。
    中に包み込まれた【蛙】のムースは、細かく刻まれた蛙がまるで、綺羅星の様に、ピンクパールの様に控えめながら自己主張をしているようでした。

    ポロ葱のドームの中は 控えめな蛙の棲家と輝かなむ

    そんな事を口ずさんでしまう様な素晴らしい世界がポロ葱の中には広がっていたのでした。
    ざく切りになった【蛙】の身のムースにブールブランソースが良く合います。本来の【蛙】料理からすれば、こちらの”白い系のソース”の方がなじみ深いものの一つでしょうから、前回からの「オゼイユのソース」「カレーソース」「コブみかん&ハーブ」と来ての「ブールブランソース」と一周回って着地した感じでもあります。
    バターの上品でコクのある味が【蛙】の筋肉の隙間に浸透していって、軽い【蛙】が重たい重厚な味に変化していくのが分かります。
    しっかりと編まれたポロ葱の硬くて柔らかい食感に、ネギ特有の甘さと苦さと共にブールブランソースが絡んで、白の中の緑、緑の中の白が映えていきます。

    「そうか……ポロ葱の緑と黄色の色調は】そのものでもあるのか」


【蛙】の形をしたポロ葱のドームは
【蛙の宮殿】なんだね!!


    前回からの【蛙】料理の数々は、一周回って正調なフランス料理に戻ってきて、最後は【蛙】自身の宮殿に到着したのでした。
    高級食材の一つである【蛙】、フランス料理店でも余り見ない【蛙】料理を4種類に亘って堪能した訳ですが、どれもこれも手の込んだ、そして色々な意味を想起させてくれる素晴らしい品々でした。
    今も思い起こせば、【蛙】特有の魚とも鶏ともつかない、かといって小振りではあるが、ピンと張ってしっかりとした肉質と独特の光沢の輝きが忘れられません。
    【蛙】料理は、独特の世界を持つ素晴らしい食材たり得る……と言う事が分かったこの2回のコースは、「サリーワイル」「小野正吉」この2名へのオマージュを加えて、まさに”自らの美食の旅”に輝きを添えるものになったと思います。

ベルギーワッフルとチェリージブレ




    デセールとして運ばれて来たのは「ベルギーワッフルに乗せたアイスクリーム2種とチェリージブレ」でした。
    ガラス皿の何とも幻想的な雰囲気の上に置かれた2つのベルギーワッフルと2色のアイスクリーム……
    そして、バランスを取るかの様に陣取るチェリージブレ……
    これは、未知の存在からの何か暗号が記された石板の様にも見えます。
    「う~~ん」
    一体何を表しているものなのでしょう?
    茶い色のチョコレートはビターな味。他方の白いチョコレートはスゥイートな味。そして、チェリージブレはリキュールも入った大人のサクランボの味。
    3つをそれぞれ順繰りに食べて考えている内に、段々酔いが回って来ました。
    そう、今日は「オマールのコニャック」に加えての「チェリージブレのリキュール」と、珍しく2回もアルコールに触れる事になったのでかなり効いてくるはずです。
    説角なので、酔いが回った頭と目で、先ほどの【謎のプレート】を考えてみましたが、やっぱり分かりませんでした。
    きっと、こういうのは、メンサとかに入っているシンボル学とか、言語学の大家なら直ぐに閃くのかしらん??などと能天気な事を思っているうちにデセールも全部平らげてしまいました。

チョコレートトリュフとクラフティ コーヒー




    少々酔いが残りつつ、何時もとはまた違った陽気な気分でサロンカーに移動して、何時ものコーヒーを待っていました。
    今日は、チョコレートトリュフとクラフティです。
    「?」前回と同じような感じですが、食べてみると全然違います。

    甘~い♠♥♦♣」

    トリュフはヌガー状のものが練り込まれていて、歯にくっつきながらキャラメルを溶かしていきました。
    クラフティも前回のよりもクリームと甘さが濃くなっています。
    「う~~ん 酔いがさめるなぁ」
    何時もよりも濃いめに淹れて貰ったコーヒーを口に含みながら、先ほどの【謎のプレート】の事を思い出していましたが、やっぱり何も思い付きません。

    食べたいものは直ぐに思い付くのになぁ

    そうだ♪ 次はあれを食べよう ♥

    最終的には、何故かそこに到着して、今日見た、幻の【蛙の宮殿】を後にするのでした。