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新宿:2012年06月11日:スンガリー新宿東口本店(sungari)


    ロシア料理は、フランス料理そのものでは無いが、大いに似ている所も多い。それは、ピョートル大帝以来の西欧化策や、エカチェリーナ2世の啓蒙専制の時代、そしてナポレオン戦争後のウィーン体制下において、稀代の料理人であるマリー=アントワーヌ=カレームをアレクサンドル1世が招聘した事による影響が大きい。
    フランスで土台が作られたフランス料理は、ロシアに根差す広大な大地や、恵み豊かな産物によって、独特の生命力を確保し、当時のヨーロッパでも指折り数える富豪である皇帝や貴族の金に糸目をつけない姿勢もあって、豪奢ではあるが洗練された新しいフランス料理として開花したとも言える。
    そんな、素晴らしい背景と豊かなヴァリエーションを誇るロシア料理だが、なかなかにしっかりとしたロシア料理を食べることが出来る場所は少ない。
    かつては、ロシア大使館のある飯倉にボルガ(VOLGA)と言う、モスクワの聖ワシリー寺院を模した感じの飾りつけのあるお店があって重宝したものだが、今は閉店してしまい、なかなか本場の素晴らしいロシア料理を味わえる場所を探すのは大変な事になってしまった。
    そんな中、日本人が営むロシア料理としては老舗中の老舗であるスンガリーは、歴史があるロシア料理店ゆえ、フランス料理の流れを汲むロシア料理を味わえるとの事が分かって訪問してみることとした。


    (左)ほの暗い灯がロシア的な空を感じさせる(中央)黒パン(右)ペレぺルサッツビイー



    ロシアのイメージを表わした様な、白い壁にほの暗い灯のともる室内は、フランス料理店の明るさや暗さとは違って、ロシア文学のイメージを思い起こさせてくれる温かではあるが、どこかものさびしい雰囲気である。
    だからといって、寂しいわけでは無い。その辺の矛盾したあれこれを包含するのが、ロシア……の魅力なのだろう。
    テーブルに置かれた食器の鈍い光と、注文して直ぐに運ばれて来た黒パンが、これからロシア料理への深淵は旅路への出発を静かに告げる。

    なぜ? 一番最初に、普通ならばロシア料理の代表的なメニューであるボルシチを頼まないで、胡桃のソースがかかったウズラのロースト(ペレぺル・サッツビー)を頼んだのかは分からない。ただ、そういう気分だったのだ。
    ウズラの素朴な肉質に、胡桃の木の感触が良く合う。さっぱりとしたソースは鬱蒼とした森の中を思わせるが、かと言って、このウズラにシャッスールソースを合わせるのも却って野暮くさい気がする。


    (左)ゴルブッツイ(中央)ヤズイック(左)グリルスヴィーナ



    ウズラを食べて、少しロシアへの興奮が落ち着いたのか、ロールキャベツ(ゴルブッツイ)を食べようと言う気持ちになった。只のロールキャベツでは無い。このトマトベースのクリームソースが、上品だけれども優しい味を象っている。
    サワークリームを始め、ロシアのものには白いソースが良く似あうのは何故だろう? 雪の白さ……なのか、それとも……? などと何時もは動かないリトレーチャーの部分が今日はよく回る。

    ウズラの後は、牛タンと洒落込む。他にもっとロシアらしい料理もあるのに、いったいどうしたことなのか……牛タンと赤ワインとで煮込んだものは、牛タン特有の固さに赤ワインが絡んで、独特の歯ごたえを感じる。タンシチューとも違うし、ブルゴーニュ辺りの牛タンの食べ方ともまた違う。中央アジア系の豪快な食べ方が根っこにあって、それに合わせて赤ワインでソースを付けたといった方が良いだろう。 決して、野蛮では無い、しかし飼い慣らされていない距離感の間合いを感じた。

    さて、お次に控えているのは、本日のメインの”マンガリッツア豚”、グリルスヴィーナである。
    ハンガリーの国宝のマンガリッツア豚が食べれる所は限られている。それが、こんな所で出会おうことが出来ようとは………
    元は、狩猟民族であるマジャール人(ハンガリー人)の誇るマンガリッツアだけに、色々と手を加えるよりも、単純にそのジュ(肉汁)で付け合わせのソースを作る方が、より良く肉の味を楽しめるのだろう。
    欲を言えば、パプリカのソースなども良いかもしれないが、ここがロシア料理と言う事との兼ね合いが難しい。とは言え、貴重な豚だけにここに来て食せた事は何よりであったと思う。

    (左)ロシアンティー用のジャム(中央)ロシアンティー(左)ロシアンクレープ



    いささか、素早く食しすぎたけらいがある。本当ならば、もう2~3品頼んでも良かったのだが、既に帰宅時間が迫るような感じであったので、それに気を取られて、危うくロシアンティーとデザートを食べ忘れるところだった。
    ロシアンティーに入れるジャムは普通のジャムとは違い、紅茶に溶けやすい様に特別にあつらえてある。そして、今回はブルガリアの薔薇のジャムを入れてみることにした。
    「甘いが甘くない」……やはりロシア風のものには、何かがツキマトウ。
    帝政ロシア期、貴族も庶民もお茶の時間になるとたっぷりのサモワールにお茶を沸かし、山の様なピロシキを積んで談笑した……と言う。
    それこそ、この”甘いけど甘くないロシアンティー”を飲むと、ピロシキが食べたくなるではないか!!
    何とも不思議なロシアンティー……いや、不思議なロシア料理……それこそオソロシアを地で行くような品々であった。
    そして、最後にロシア風のミルフィーユを食べると……はたと我に帰る自分がいた。何層にもなったミルフィーユはきっとここで重なり合った時間を溶かしてくれたのだろう。

    「そうだ? 明日もロシア料理を食べに行こう♪」