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神保町:2019年07月17日:学士会館 ラタン(Latin)


    先日、8年振りに学士会館のラタン(Latin)に出かけて、8年前と変わらない水準に満足したのだったが、実はこのラタンを訪れたのは、【さる学士出身の方】とお食事をする機会があるという事も背景にあった。
    なにしろ、某東京大学出身のご年配の方なので、色々と人生経験も豊富であろうし、その人生の中で美味しいモノも召し上がって来たであろうから、なかなかにお店選びに頭を悩ますところでもあった。”正真正銘の学士”の方だから学士会館と言うのも余りにもベタな気はしたが、一つの候補として見ておく必要もあったので、7月の昼下がりにこの前から期を置かずして再訪したのであった。

    (左)学士会館エントランス(中央)学士会館設立者 田中三良(右)メニュー デリス(Delice)



    そもそも学士会館などはワタクシの様な浅薄な人間には敷居が高い部分は承知の上なのだが、およそ”先生”と呼ばれる様な方々が集う場所としては、それなりの格式も必要なのは十二分に分かるところ、どうやらこの「ラタン(Latin)」と言う店名も元々は「ラテン語を話す者」と言う意味と解釈する方もおられるようで、”ラテン語を話す者=医者”の集まりと言うのが由来とする考え方もあった。
    まぁ詳細は不明で、今回行った際にも聞きそびれてしまったので、その学士の方をお招きする事が本決まりになったらまた聞いてみるしか無さそうですが……
    と言うこともあって、お昼のラタン(Latin)で、一番高いコースである「Delice(デリス:美味しい・素晴らしいと言う意味)」と言うコースを頼むことにしたのでした。

    フォアグラ



    前菜は、「フォアグラのポワレといちごのカラメリゼ」。
    伝統的にフォアグラは甘いソースや果物と良く合う訳ですが、それを上手くまとめた感じがこの一皿。
    丁寧に火が入ったフォアグラは薄っすらと血が滲む程度の火入れ加減。もっとも「イチゴのカラメリぜ」は、そこまでカチカチのカラメリぜでは無く、イチゴに甘いソースがかかっている感じのほんのりとした風合いで。
    ここの部分は、正直好き嫌いが分かれるところでしょうが、年配の方やこってりとしたフランス料理が苦手だと言う向きには良く味加減が調整されているという事になるでしょうか。
    周りを見渡していても往年の学士様達が集って食事をされている様を見ると、御年輩の方々も多いので、そこはカール大帝やパンタグリュエルのガルガンチュアの様な大食漢では無いと思うので、その味付けは学士会館に集うボリュームゾーンに適したものなのでしょう。

    (左)金目鯛と帆立貝のロティ サフランソースで



    二品目、所謂【魚料理】は「金目鯛と帆立貝のロティ サフランソース」。
    最初のフォアグラが”ポワレ(poele)”で、次の魚料理が”ロティ(roti)”と来ている辺りに、古典的なフランス料理への敬意と技術への確からしさを感じる部分ですが、フォアグラの火入れに次いで、この金目鯛と帆立の火入れもなかなか素晴らしいものでした。
    ホタテのミキュイ(mi-cuit)も良かったですが、金目鯛の皮目のパリッと焼けた塩梅は焦げるか焦げないかのギリギリの段階まで炙った感じがあって、エイの鰭などがお好きな方にも好評だろうなと思わせる大胆な焼き加減でした。
    パリパリの寸前の香ばしい皮目と白身を黄色のサフランソースに塗して食べると、皮目に良くサフランソースの味が浮かび上がって良く出来た一品でした。
    付け合わせの野菜達は、庭園風(jardinier)とでも言うような感じの小さく可愛い感じのする添え方でもありましたが、蕪やインゲンも美味しく、取り合わせの妙を感じた野菜達でもありました。

    牛フィレ肉のグリエ マデラソース



    メインは「牛フィレ肉のグリエ マデラソース」。
    「ポワレ」「ロティ」と来て「グリエ(grille)」。ある意味、気持ちが良い程の”定番”を並べて来ておりますが、この辺の「規則正しい」と言う部分もきっと【学士様】の好ませたもうところなのでしょう。
    某古美術商の方の「全てが約束通りなんですよね」と言う言葉があるように、「約束通り」の展開をきっちりと体現すると言う事もなかなかに難しい世の中ですが、こんな所でひっそりと存在していたとは……
    まさに”恐るべし学士会館”と言う印象を受けると共に、この展開されたメニュー構成は、古式ゆかしく、古典的な流れを踏まえてと言う事なのは否が応でもはっきりとしている事を感じました。
    マデラソースと言うよりは、若干酸味を奥に感じるソースだった事もあり、どちらかと言えばドミグラスソースの様な塩梅ではありましたが、却ってここの常連さん方々には「正しい味」と言う事にもなるのでしょう。
    少々熟成の利いたフィレ肉は、ソースと絡めるとあっと言う間になくなってしまいますが、パンも丁度無くなった来た折、お代わりを貰って最後のソースまで平らげたのでした。

    (左)デザート(中央)紅茶(右)砂糖



    そして、最後のデザートは「オレンジのムースとブラウニー」。
    ここの学士会館のランチのデザートに良く出てくる「プリン系」は、なかなか良く出来ていて、この午餐のオレンジムースも良く仕上がっていた。
    欲を言えば、もう少しオレンジを利かせた方が良いかな?ともおもうのだが、やはりこれは【学士会館仕様】と言う感じかなと、かなりこの一回の食事で慣れた感じになった。
    ブラウニーも”良く出来ているが軽い”と言う風合いであった。

    今回のメニューを食べてみて、なるほどここのシェフが相当に実力のある人だと言う事は分かった。
    それは、色々な料理やその組み立て方が”定番の”と言う流れを押さえているからでもあるが、【味わい】と言う点で、若年者・壮年者が好むような”濃い””はっきりとした”と言う部分とは”敢えて一線を画して”、年配者向けのフランス料理の味わいに仕立て上げている点に非凡な点を見出す事が出来るのである。
    これは、なかなか常人では出来る技では無い。
    これ以上薄くなっては美味しさが損なわれると言うギリギリのラインまで美味しさの濃淡を調整できるというのは、相当に修行を積んだ経験値の高い人物なのだろう。
    そう言う訳で、【学士様をお迎えする】と言う一大イベントにおいて、ここのラタン(latin)は、それこそ折り紙付きで”及第”となった訳だが、後は、【紅茶好き】の学士様がここの紅茶をお気に召すかどうか……
    ワタクシメの足りない記憶では、この学士会館ラタンの紅茶は【インド政府御用達】の紅茶だったのだが、今回ここで紅茶について聞いてみたところ、どうやら普通の紅茶になってしまっているとの事だったので、果てさて……如何相成る事か。

    そんな大役を仰せつかった「文月」の出来事でもありました。