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四谷:2014年03月13日:北島亭


    ”骨太なフランス料理”と言うマクラコトバが付くフランス料理店として有名な「北島亭」。
    その豪快さや、しっかりとした味付けは本場フランスのエッセンスを投影したものだが、それはオーナーシェフである北島素幸氏のエピソードとは無縁ではない。
    北島氏のエピソードとして聞いたものの一つに、三田のコートドールの斉須氏(斉須)がパリの留学した際に、北島氏も時期を同じくしてフランスにいたところ、この斉須氏のアパートに押しかけて暫し居候をしていたとの事。
    居候とは言っても、斉須氏のアパートには斉須氏のもの以外の余分のものはなく、冬場だと言うのに、押しかけてきた北島氏はグーグーと斉須氏のアパートの床で寝ていたと言う話がある。
    ただ聞けば、「ふーん」と言う事にもなるが、何しろ、パリは北緯が北海道よりも高い。暖流の北大西洋海流が流れているので多少は温かいが、冬場はそれこそ冷える訳である。
    そのパリで寝具も何も無く、床で寝泊まりして平気だったと言うわけだから、その体力や恐るべしである。
    フランス料理店の良し悪しは、シェフの力量の良し悪しである。
    そして、シェフの力量の良し悪しは、シェフの技術もさることながら、最終的には体力の有無に左右される事が多いと思う。
    そこは、やはり料理は力仕事である以上は、繊細な感性を持つとか、様々な勉強をしているとか、色々な要素は付きものではあるが、料理そのものの土台として、肉を捌いたり、魚を捌いたり、甲殻類の殻を磨り潰したりとか、結局は力仕事を巧く出来なければ”美味しい料理”など出来上がって来ない訳である。
    そういう意味で、この北島氏のエピソードを聞いた時に、”骨太の”と言う形容がなされるのは当然の事と思ったのである。

    (左)ざっけない黄色いテントの入り口(中央)つぶ貝のアミューズ(右)マッシュルームのクリームスープ



    四ツ谷駅を出て、表通りから一本入った持田製薬がある方の通りを行くと、黄色いアーケードと言う事を知らないと通り過ぎてしまいそうな入り口である。
    しかし、この黄色いアーケードは、特に知らなかったとしても、辺りの無機質な空間とは一線を画している様な感じで人目を引く。
    これが冬空のパリのアパルトマンの風景ではないとは思うが、しかし、静かな空気の中で自己主張したアーケードで、まさに北島氏の”センス”なのだろう。
    3月の冬空の中、昼であっても空気が透明なのはここが四ツ谷と言う場所柄なのか、あるいは、たまたまそう言う空気だったのか、とにかくも黄色いアーケードに吸い込まれて、奥の扉を入って行った。

    ランチ時の時間も終刻に近かったせいか、店内はさほど混んでいなかった。
    アミューズの「つぶ貝」と、「マッシュルームのスープ」は、どちらもその黄色い尖った感じでは無く、優しい味わいであった。

    (左)雲丹とコンソメのジュレ(中央)フォアグラのポワレ(右)ホタテとアスパラガスのグリル



    前菜には、北島氏のスペシャリテの一つである「雲丹とコンソメのジュレ仕立て」が出て来た。
    すっきりと透き通ったコンソメに雲丹の甘さが良く響く。
    橙色の雲丹と、黄色がかったコンソメの澄んだ感じが、もの悲しさを湛えつつ、鏡の様な光沢をしているのが印象深い。
    やはり「黄色」なのか……と思う

    続いて、「フォアグラのポワレ」。なかなかの大振りに切られたフォアグラが茶色と乳白色の色合いを見せている。「ポワレ」とはあるが、フォアグラのステーキと言ってもよいかなと思ったりもする。
    この大振りのドーンとした感じが、ただお上品に、何かの上にチョコンと小動物の様に乗っているフォアグラと違って潔さを感じる。

    また、「ホタテとアスパラガスのロースト」もそう。しっかりとした大きさのホタテが、”食事をしているよね”と言う事を自然に思わせてくれる。
    この辺の、ボリューム感、質量感と言ったものが、この北島亭の売りだと思うが、それは冒頭にも書いた北島氏の”体力”のなせる業でもあろう。
    体力があって縦横無尽に動ける人はお腹が減るものである。だから、当然、ヴォリュームたっぷりの量が普通と考えるのであって、”少量で綺麗に”などとはならないだろう。
    自分がお腹が空く分量を出して”料理”などと言うのは、少々疑問を持ってしまう。
    どだい、そもそも少ない分量しか食べないで、良い仕事が出来るか(的な”昭和の発想”は意外に好きである)とも思う。
    だから、少ない分量しか出さない料理人の作る料理は、”作品”かも知れないが、”料理”ではないと思っている。

    (左)和牛のロースト(中央)紅茶のブラマンジェ(右)プティフール



    そして、メインの「和牛のロースト」。断面が綺麗にロゼなのも気持ちが良い。
    ”山盛りな”と言う形容であろうか……?
    それとも”肉山”とでも言うべきだろうか?
    「少量で品良く」がフランス料理だとは思わない。
    そもそも、フランス料理の元祖であるルイ14世は、それこそ一度の食事に何時間もかけて”牛飲馬食”したのである。
    それが、何時の間にか”スズメの餌”状態になってしまったのが、フランス料理である。
    個人的には時空の何処かで間違いがあったのだと思っている。
    ”ランチタイム”からしてのこの分量である。これこそが、正当なフランス料理の分量ではないか?
    (個人的には、マダマダいけるけれども)
    そういう意味で、非常に満足した午餐であった。

    デセールに紅茶とミルクが濃い目に出たブラマンジェを食べ、プティフールと言うにはてんこ盛りの小菓子を食べ満足して席を立った。
    帰りがけ、御挨拶に出てこられた北島氏に謝辞を述べると共に、「野兎は入らないのですか?」と何時もの愚問を投げかけると、「野兎は皆んな入らないよ」と言うお話で、北島氏でも野兎が入らないのかと思うと共に、北島氏が野兎を調理したらどんなにか素晴らしいものが出来るだろうにと思い、黄色いアーケードの”パリ”を後にしたのであった、
    北島氏のパリは、やっぱり骨太で異彩を放っていたのである。