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日比谷:2013年10月30日:帝国ホテル ラブラッセリ―(La Brasserie)


    人間とは全く身勝手なもので、実家に帰った折に父が「そう言えば帝国ホテルでシャリアピンステーキたべた。美味しかったわ」と言う事をのたまったので、「何と!」と言う事で急行したのが今回である。
    もちろん、元々、村上信夫にまつわる帝国ホテルで食事をしたいとは思っていたのだが、メインダイニングがフォンテーヌブローからラセゾンに代わって、果たして食べに行く必要があるんかいな?と思っていた訳だが、物事には何らかの弾みと言うものも必要であって、そんな考えはどこへやら、身内の人間が美味しいものを食べたと言う事だけに駆られて帝国ホテルへと予約を入れたのであった。

    (左)(中央)(右)海老と舌平目のグラタン”エリザベス女王”風(Reine Elisabethe)



    さて、着席してメニューを頼む。
    当然、ここに来た理由でもある「シャリアピン」は外せない。また、エリザベス女王のエピソードを持つ「舌平目」も外せない。そして、お腹一杯食べる上でも「牛タン」は外せない。やっぱり”美食家”と言うネーミングも理由を問わず心惹かれるので「美食家風サラダ」も外せない。
    と言う具合に”あるべき論”でイッパイのメニューとなった。

    エリザベス女王の名前を冠した、”海老と舌平目のグラタン”。

    このメニューは実際にエリザベス女王(エリザベス2世)来日の際に召しあがり、エリザベス女王本人が料理名に関与した由緒ある一品である。
    当初、「肉」を軸にメニューを選定したが、イギリス大使館に女王本人の好きなモノを打診したところ「魚介類」をお好みだと言う事で選定し直す事になり、色々な熟慮の結果、車エビを舌平目で巻いてアメリケーヌソースとオランデーズソースをかけて、この時の為に創作された一品となった。
    そして、(フランス料理では良くある事だが、誰か貴人のために作った料理に名前を冠すると言う慣習がある)歴史的な女王訪日にことよせて創作されたこの料理に名前を冠したいと言う事で、女王本人に英語ないしフランス語でのメニュー付けを相談したところ、フランス語表記での”Reine Elisabeth”を望まれたと言うエピソードがある。
    名前の候補として挙がった”Reine Elisabethe deuxieme:レーンヌ エリザベートゥ ドゥズィエーム”が、単純に”Reine Elisabethe”と「2世(ドゥズィエーム)の部分が削除された理由は定かではないが、フランス料理においてはエリザベス2世の事を表わすには”Elisabethe”だけの表記であるから、あえて「2世」と付けずに従来の呼び名を踏襲したのであろうか、その奥深い部分は不明であるが(それともエリザベス1世の時代は、今のウィンザー朝とは異なってチューダー朝であるから等の理由があるのか?いずれにしても興味深いが謎である)、これこそ、料理名の由来・来歴がしっかりと分かっている、現代フランス料理の歴史の1つでもあろう。
    (フランス料理的に、他にエリザベス2世本人の名前を冠したものに supreme de volaille Elisabethe と言うものがある)

    帝国ホテル発祥の”シャリアピンステーキ”

    また、日本に来ていた声楽家のシャリアピンの歯の調子が悪い事から創作された事から名前を冠する事になり、その後、これを食べたフランス人シェフがフランスに帰って、このシャリアピンステーキを元に新しい料理を作る事になった”シャリアピンステーキ”
    これも、日本から発祥したオリジナルの料理として重要な歴史的な一品であろう。

    (左)(中央)(右)帝国ホテルのシャリアピンステーキ



    さて、オーダーした品が次々に運ばれてきて、ひとつづつ平らげて行く。
    舌平目のエリザベス女王風は、単純に海老を平目で巻いただけでは、お互いが埋没してしまいそうなのを、海老にアメリケーヌと二段構えでの甲殻類の味が重ならせる事で輪郭をはっきりとさせたのは当時の日本のフランス料理の知恵の結実であろう。
    シャリアピンも帝国ホテルを代表する料理だけあって、良くまとまっている。写真で見ればそれなりの大きさであるが、タマネギの甘さと漬けこんだ肉が効いていて、もう一枚お替りが出来そうな位である。
    父がシャリアピンを食べたと自慢するのも頷ける部分ではあった。

    (左)美食家風サラダ(中央)(右)牛タンの赤ワイン煮込み



    そして、フォアグラ入りの美食家風のサラダ。これもフランス料理では定番ではあるが、今は「美食家」と言う名前が忌避されているのか、「食いしん坊の」とか「贅沢な」と言う表記でメニューに登場する事が多い様な気がするが、それこそ「美食家」の何が悪い?と思ったりもするクチなので、逆に「ご職業は?と聞かれて「美食家です」と早く答えてみたいと想う自分がいたりする。
    「隠元」と「フォアグラ」のとり合わせは、(誰が見つけたのか)非常に良く合う。これも古典的なスタイルでピラミッドのフェルナン=ポワンやポールボキューズなどのリヨン勢がテリーヌ仕立てにして世界を席巻したが、「インゲン」と言うものの食べ方を良く知っている民族ならではの料理でもあろう。
    アメリケーヌソースとシャリアピンの味をさっぱりさせるインゲンに、フォアグラのアクセントを楽しみつつ、口を調えて「牛タン」を待つ。

    赤ワインで煮込まれた「牛タン」と「ヌイユ」でそのソースを絡めて食べる幸せは、かなり満足度の高い組み合わせの1つである。
    「エビのグラタン」を食べ、「シャリアピン」を食べ、何も「牛タン」を食べなくても、と口の綺麗な方には思われそうだが、しかし、女王陛下に由来する上品な一品、あっさりといけてしまうシャリアピン、これら”歴史的な名菜”を味わうと言う他に、フランス料理ゆえに、濃厚なソースの閉めも大事な要素であると思うのである。
    ま、それは価値観と言うか、単純に濃厚なソース好きと言う”宿痾の病持ち”ゆえのメニュー構成でもあるのである。
    悠々と「牛タン」を食べ、今回の帝国ホテルでのディナーは目出度く終了。
    御同道頂いた方々と、食後の”甘いもの”を食べに、本日の料理の反芻と、”反省会”と言う名の元での料理談義をするために、一階のパークサイドダイナーに河岸を変えたのでありました。