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銀座:2019年04月30日:ブションドール(Bouchon d'Or)


    平成の最後を締めくくる料理として何を食べようか?
    それは、個人的にはちょっとした課題でもありました。いつもお世話になっているレストランで平成最後を迎える事も良し、ラグジュアリーなホテルのダイニングで迎えるも良し、今まで食べていないお店の新規開拓でも良し…… そこは、色々な悩みもありました。
    が、やはり”平成”と言う思い出を締めくくるには、自分が良く食べ歩いていた表参道にちなんだものを食べようと思い、その痕跡を探しておりました。
    かつて表参道界隈には溢れるように大小のフランス料理店があった訳ですが、その中でもお気に入りの一つが”イルドフランス(Ile de Frane)”と言うお店でした。
    入り口から入って、2Fの階段をスルスルと昇って行くと白い壁と若干蒼い色調の店内がお出迎えする素敵な場所でした。
    渋谷で遊んでから表参道を登って、或いは、表参道で遊んで2軒目にハシゴして、或いは、知人とのスマートな会食で、等々色々な使い方をさせて貰っていました。

    と言っても、デジカメも携帯も無い時代……何を食べたかと言うのは四半世紀以上の前の事ゆえ、おぼろげにしか記憶に無いわけですが、一つ強烈に覚えているのが”リエット”
    豚肉とラードで作る、パテをほぐした様なモノで、付き出しと言うかアミューズでパンと一緒にたべるやつです。
    バブル期と言うか、平成の初期の1980~90年代のフランス料理では付きものの定番メニューであった訳ですが、そのリエットをこのイルドフランスでは、それこそ牛飲馬食して、一つのポットが無くなるとお代わりをして、パンが無くてもリエットのお代わりをして食べていたと言う懐かしい記憶がずっと頭から離れませんでした。
    リエットが美味しかったと言うのもあったでしょうが、当時、まだ若かった事もあって適度な脂が身体に良く馴染んでついつい食べてしまっていたのでしょう。
    この思い出(と言うか行動)が、フランス料理を食べる事の原点の一つでもあるでしょうから、是非とも、その懐かしの味を、再度、平成のうちに味わっておきたかったのです。

    (左)2019年04月30日18時05分銀座和光ビル(中央)(右)ルブション入り口



    さて、そうは言ったものの、このイルドフランスの事を改めて再認識したのは、最近の事で、自分が食べていたイルドフランスのリエットを誰が作っていたのかは全く知らない状態でした。
    実は、このサイトを作り出してから、平成の終わりまでに幾つかは見ておきたい、確認をしたい事があって、その中の一つを調べていたら、たまたま当時のイルドフランスでシェフをしていた方を探す事が出来たのでした。

    シェフの名は 東 敬司

    日本のフランス料理の巨人の一人、荒田勇作の弟子にして、かの料理の鉄人に出場して勝利すると言う輝かしい経歴の持ち主。

    そんな凄い人が、あのリエットを作っていたのかぁ……そりゃ、食べてしまう訳だ……と独り勝手に得心した訳ですが、シェフの名前とお店が分かればレッツゴーと言う事で、後は何とか時間を調整して……
    平成最後の日に何とか食べに行く事が出来たのでした。

    (左)付き出しのリヨン風香草入りクリームチーズ(中央)「水」(右)念願の豚のリエット!!!



    さて、席に着いてメニューを見渡すと、懐かしい豚のリエットがあります。当時は、単品のメニューでは無く、アミューズとしてテーブルに常時置かれていたものですが、今回、万障繰り合わせてここに来たのは、このリエットを食べるためと言っても過言ではありませんから、何を差しおいてもオーダーしなくてはなりません。
    先ずは、「リエット」と「フロマージュドテッド」をオーダーして、更にメニューを観ながらオーダーを考えます。

    直ぐに運ばれてきたのは、リヨン風香草入りクリームチーズ(Cerver de Canut:セルヴェルドカニュ:「絹職人の脳ミソ」の意味)。
    当たり前ですが、このブションドールは”リヨンの居酒屋”と言う名前からも分かる様に、リヨン名産の料理が特徴でもあります。
    このセルヴェルドカニュには、しっかりと香草がチーズに練り込んであって、これだけでパンが何個もいけてしまいそうに食欲を刺激してくれます。
    思わず、パンを追加でオーダーしそうになるのを止めて、リエットを待ちます。

    そして、念願のリエット来た~~~!!

    と、思わず、我を忘れてしまいましたが、たっぷり深目の容器に入った豚のリエット……当時のリエットの容器の2倍以上の容量はありそうです……

    (左)バゲットにリエットを塗る(中央)フロマージュドテッド(右)辛子をたっぷりと塗って



    バゲットにたっぷりのリエットを載せ(塗り)、口に入れる喜び……豚肉のほぐれそうになる肉質と柔らかい脂のきめ細かい、しかし、かと言って上品に細すぎる訳でもない存在感が襲ってきます。

    これこそ、That's 表参道!!

    まさに、1980~1990年代の日本の輝いていた時代が蘇ってくる感じです。
    マルセル=プルーストのマドレーヌではありませんが、ワタクシメは、豚肉のリエットとバゲットで当時の表参道にタイムスリップしてしまったのです。
    料理の記憶、舌の記憶は不思議なもので、昔の事でも今の様に感じられるし、また、その時の味を求めたいと思わせる(突き動かす)原動力があります。

    そして、フロマージュドテット(Flomage de Teat)。
    今となっては、珍しい方の部類の料理になってしまっている感じがありますが、豚の耳や皮から出るゼラチン質の旨味と、固まると言う作用が形造る造形の妙でもあります。
    たっぷりの辛子を塗って、辛子のヴィネガーの酸っぱさと出汁の出ているゼラチンの塩っ気がたまりません。

    (左)オニオングラタンスープ(中央)魚のマルセイユ風スープ(右)お薦めのメニュー



    オニオングラタンのスープ(Soupe a lOignon Gratinee)や、魚のスープ(Soup de Poisson)を進化させて、透明なゼリー状の容器で包んでしまうのも一つのフランス料理の進化でしょう。
    それが、楽しい、あるいは、気分を高揚させる事もあるでしょうが、やはり食事と言う事では、しっかりとした容器に、しっかりとした質量で登場して頂いた方が好みではあります。
    ”雑味を取る”と言う事も大事でしょうが、多少の雑味があった方が、「存在感の奥行き」に質量が産まれる様な気がします。
    余り、クリアランスにし過ぎると、それはそれで堀辰雄の小説の様で良いのかもしれませんが、何か切り取られた上の部分だけを味わう様で、物足りなさと言うか、心許なさを感じる部分でもあります。
    特に、リヨンの料理が骨太の男の料理などと時代錯誤的な言葉で形容する気もありませんが、しかし、レストランピラミッド然り、ポールボキューズ然り、美食の都としての名を欲しいままにするリヨンに根差した料理と言うのは、単純に美味しいと言う事だけでは無くて、フランスと言う国や民族のエトスの様なものが宿っているのではないでしょうか?
    そう言う意味では、やはり、古典的なしつらえと言うか、様式でのフランス料理のスタイルがしっくりくるのもリヨンの名菜の特徴とも言えるでしょう。

    (左)(中央)(右)ピスタチオ入りソーセージ



    今回は、お薦めのメニューには踏み込まず、通常のメニューに載っているものを選んでおりますが、お次はピスタチオ入りソーセージ(Saocisse ala Maison)。
    ブーダンノワールがあればそちらをとも思いましたが、このピスタチオ入りのソーセージの堂々たる姿はいかがでしょう。
    マッシュポテトを敷いた上に、ドーンとした質量のソーセージ。羊の腸を使っているからか、ナイフを切り入れるのにかかる圧力が期待を嫌でも高めてくれます。そして、その断面(中味)の詰まった肉片と時折顔を出すざっくりとしたピスタチオの刻んだものが。只の豚肉を気品ある味に変えてくれています。

    (左)(中央)(右)スズキのクネル オマールエビのソース



    本日のメイン。スズキのクネル オマールエビのソース(Qunelle de Bar sauce Creme d'Homard)の登場です。
    クネルは川魚を使うのが一般的な料理で、淡白な魚の味わいに、ソースでどの様な味を重ね合わせるかが腕の見せ所。
    今回は、オマールのソースと言う事で、クネル料理の中では豪華版とでもいうべき一品でしょう。
    クネルをして、「ハンペンの様な」と言う表現をよく見ますが、確かに、言い得て妙なとは思うものの、クネルはハンペンとは違って、直ぐに空気が抜けてペションとはならないので、やはりクネルはクネルなんでないの?とつまらない事を思ったりもしますが、要は魚を贅沢に使ったすり身と言う事になるでしょう。
    今回のクネルは焼き色がこんがりと付いたフワフワ系のクネルで、中のスズキの味も良かったですが、切ると、透明なネギが顔を出してきて、そのネギがアクセントになっていて平板になりがちな淡水魚の味に起伏を付けてくれています。
    もちろん、クネルのボディをしっかりと固めるのはオマールのソース。
    もう少々オマールの味が濃い方が良かったと言うのは俗人の戯言としてですが、”優しい、柔らかい”中での完成度の高い一品であったでしょう。

    (左)クネルのリゾット(中央)(右)デセールのプラリネタルト



    そして、ここのクネルの凄いのは、このクネルの残りのソースを使ってリゾットに仕立ててくれる事。リゾットと言えばイタリアが有名ですが、シェフの東氏は、スイスに行かれていた事もあるようで(荒田勇作の師匠である、かのサリーワイルがスイス出身と言う事から)、スイスはまた、チーズ使いの上手な所でもあります。その流れもあってか、このチーズリゾットの素晴らしい事。
    思わず、お代わりをしたくなるような逸品でした。

    食後のデセールは、赤いプラリネのタルト。プラリネを使っていて何故赤いのかは?お店で聞いて頂くとして、硬化したプラリネのナイフを入れてもボロッと崩れないこの塩梅に、職人の技を見たような気がします。
    また、チョコのアイスクリームと、付け合わせの楕円形の部分のチョコレートが美味しい事。
    余りに美味しかったので、お土産にチョコレートケーキをテイクアウトする事にしてしまいました。

    この様にして、”平成最後”の晩餐は静かに終了していきました。
    思えば、表参道で豚のリエットとバゲットをお代わりしていた事が今に繋がるなぁと思うと不思議な気がする訳ですが、爾来、数十年を経て、再びあの時のリエットに巡り合えるとは、(手前味噌ではあるが)自分の美味しいモノへの”引きの強さ”を改めて再認識する一瞬でもありました。
    「昭和」「平成」で培った(食べ散らかした)贅沢な料理の数々を経て、「令和」の時代にはどの様なお料理に巡り合えるのでしょうか?
    更なる美味しいフランス料理を求めて……令和の鐘は出発の刻を知らせてくれているかのようでした。

    (左)サガン公:シャルルモーリスドタレーラン(中央)ルイ(右)マリーアントワーヌカレーム