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2017年04月03日:ちょっと時季外れの謝肉祭【中勢以の豚とその皮】@A ta guele (アタゴール)

    先月アミューズで食べた【中勢以の牛】のカルパッチョが美味しかったので、もう少し【中勢以の肉】を食べてみたいと思い、それをメインにしてコースを作って貰う事にしたのでした。

アペリティフ:桜のソーダ アミューズ:ウリ坊のリエット 



    今日の最初は「桜のソーダ」でスタート。
    4月ということで、春らしいピンク色のアペリティフでの始まり。

    アミューズは「ウリ坊のリエット」
    秋から冬に捕まえた猪のうち、料理に適さない部分や、端っこの部分などは、こうして塩漬けにして最後まで食べていきます。
    ゆっくりと猪の脂でこの秋・冬を過ごしたリエットはまた熟成が進み、肉自体もこなれてきます。
    同じく、猪の塩漬けが鎌倉野菜の蕪とピクルスと胡瓜の方にも出ています。
    ジビエシーズン(狩猟シーズン)は終わってしまったので、”名残のジビエ”というところでしょうか。

    【バター】
    ついついパンが進んでしまう「バター」の存在……ここアタゴールでは、「カルピスバター」をメインに使っているとの事でしたが、時に応じて「トラピストバター」に変わったりと状況に応じて色々と変えるとの事でしたが、そこにも一つの哲学があって

    支配人の市川氏曰く「やっぱり、メインをしっかりと食べて頂きたいので。パンが中心の店ではないですからね。」との事。

    確かに、この一言は重要な発想だなと思いました。
    かつて自分も「リエット」を壺何個でパンをムシャムシャとやっていた事がありますが、その時は若いので幾らでも入るので平気ですが、段々とそれは難しくなってきたときには、余り【バターが美味しすぎる】と、最初のスタートから食べてしまうことになるので、メインを美味しく食べれないと言う事に繋がりかねません。
    無論、”適量”ということは何事にも当て嵌まることですが、”一つの哲学”としてその発想が根底にあるのと無いのとでは大きく違うなと思ったものでした。

前菜:蟹のビスク 前菜:羊のシェパーズパイ 前菜:ウリ坊と日本鹿のハンバーグ 



    スープには「蟹のビスク」
    ついつい、【V.G.E】スタイルのスープ(「パイ包み」のスープ)があると嬉しくなってしまう性分な事もあり、今回のスープはこのスタイルで登場。

    「料理」自体は、一つの”宇宙”と言って差し支えないと考えていますが、そういう意味ではこの【V.G.E】スタイルのスープは、それを直観的に理解するのに素晴らしい存在だと思います。
    パイの皮を一つ隔てて存在する”スープの体系”は、まさにそこに独立して存在する”システム”そのものであって、そこからの派生が様々な料理に影響を与えています。
    分かり易く、単純な話で言えば、元々、フランス料理は「薬」と同等の考え方で、栄養・滋養のあるものをどのように抽出するかと言う事に力点がおかれていた訳で、フランス料理の料理人は医者と同じような役割を担っていた訳です。
    もちろん、「医学」と「料理」と言うのは、その後は別の体系に分化してそれぞれが進化をしていった訳ですが、「医学」に関しては膨大な勉強と努力の末の狭き門をくぐって栄えある栄冠を勝ち取るイメージはあるものの、「料理」に関してはそこまでのイメージはついて回りません。
    しかし、実際にそれはどうか?と言えば、「医学」が資格という部分の入り口が制限されているがゆえの難しさと言う分かり易さであるものの、「料理」には入り口での制限が無いという事での違いであって、本当に素晴らしい「料理」を作ろうとするならば、それこそ医者顔負けの勉強と努力をしなくてはモノにならないのではないでしょうか?
    果たして、どの位の人が「皆に喜んで貰える料理」という意味を理解しているでしょうか。
    当たり前の事ですが「万民に受け入れられる料理」などは無い訳で、「皆に喜んで貰える」ようにするには、その客に応じて内容や構成を変えていく必要がある訳です。
    そこに、如何ほどの努力と苦労が伴うのかと言うことを考えると、「料理」という【膨大な体系】を持ち、それぞれが【一定水準の技術】を獲得しなければ出来ないという意味では、「医者」と何ら変わりがないと思うのです。

    そんな大変な”料理”という営みの中で紡ぎ出される”スープ”……コンソメを始めとして、素材の旨味を引き出して”液体”とするのは、まさに魔法にも通じる一つの”技”でしょう。
    かつて【辻静雄】と【伊丹十三】との間で繰り広げられた【コンソメ論争】……「コンソメ」が実はフランス語で「完全な」という意味を有している事を考えれば、何故に(フランス人が)このスープ一杯に凌ぎを削るのかがわかる気がします。

    ポールボキューズの業績の一つでもある、「パイ包み」のスープである【V.G.E】……それは、ヌーベルキュイジーヌの象徴という意味合いもありますが、ワタクシからすれば、それはスープが(フランス料理を含めて「料理」が)【宇宙】と言う事を直観的にインスパイアーさせる契機となるモノを創り出した事にもよるかと思ったりもするのです。

    思わず激高して色々と書き連ねてしまいましたが、丁寧に取り出されたビスクスープは、甲殻類特有の深い塩っ気と、その中にある優しい身の甘さを感じさせる一品で、良く膨らんだパイのサクサクの皮と一緒にスープを味わうと(それこそ、パンと一緒に食べているかのような)一つの完結観を感じて、増々もって、【スープは宇宙】という想いを強くするのでした。

    続いては、「羊(肉)の挽き肉のシェパードパイ(仕立て)」
    【シェパードパイ】とは、挽き肉とジャガイモで作ったパイの事を指しますが、これはフランスでは無くイギリスの有名なパイ
    イギリスは食べ物に関しては芳しい評判のない国ですが、こと「サンドイッチ」や「パイ」に関してはなかなかに注目すべきものもあります。
    その代表的なものとして挙げられるのが、羊の肉とジャガイモで作る「シェパードパイ」なのですが、今回は、「パイ」とはいうものの、パイ生地で包んだものではなく、陶器に中味を入れたものなので、厳密に言うと「シェパードパイ風」と言う事になりますか。
    羊の挽き肉と適当に切ったジャガイモを重ねてオーブンで焼いたものですが、先ほどが「蟹のビスクスープのパイ包み焼き」だったので、パイが連続するのを避けたのでしょう。
    パイで食べるのとはまた違って、ダイレクトに羊の挽き肉とジャガイモの味が味わえて、これはこれでなかなか。
    欲を言えば、もう少し食べたかったということもありますが、それはご愛敬でしょう。

    そして、最後の前菜は「ウリ坊と日本鹿のハンバーグ」
    実際には、フランス料理で「ハンバーグ」という表現は無く「bitok(ビトーク)」「steak hache(ステーク・アシェ)」などと言ったりしますが、(ハンバーグを含めて)肉を挽いての料理というのはそれこそ世界中で食べられるものなので、それこそ【世界の挽肉料理】などをテーマにしたら文化人類学的な一業績を打ち立てる事が出来るかも知れません。
    それはさておき、ウリ坊と日本鹿作られた今回の”ハンバーグ”は、パートフィロで包まれていて、それもあってさっきのシェパードパイは「包む」のを避けたのが良く分かります。
    ウリ坊のちょっと若い肉と、日本鹿のやや鉄分の多い肉とが組み合わさる中に、付け合わせの行者大蒜が面白いアクセントを作ってくれています。
    パートフィロ、肉、行者大蒜、ホースラディッシュと様々な味が重なり、そこに絡むちょっと濃い目のドゥミグラスソースと、ウリ坊と鹿肉を練る際に加えたアナグマの脂がまた良い仕事をしてくれています。
    ”薬味”という言葉が日本にはありますが、肉やこってりした脂系のモノが続く際に、これらの味の領域とは違う、苦さだったり、刺激のある味だったりが加わると、いきおい、味に深みが出来たり、味の輪郭が浮かび上がって立体的になるのは、古来からの人間の知恵でしょう。
    ”日本の素材(ウリ坊・日本鹿)”だからこそ、日本の香草である行者大蒜を持ってきたのは、まさに【テロワール(terroir)】ですが、何気に控えめながら自己主張していた”アナグマさん”が何とも印象に残った一品でした。


【テロワール(terroir)】とは”郷土”のこと
転じて、日本の食材(地産地消)に注目するとの意味も

グラニテ:ブルージンジャー メイン:中勢以豚のロースト




    グラニテは「ブルージンジャー」
    それこそ、今回は「ウリ坊」→「蟹」→「羊」→「ウリ坊」+「鹿」+「アナグマ(の脂)」というラインナップでのメイン……口の中は様々な獣の肉と脂でいっぱいになっています。
    そんな”主役級”の様々なモノ達を押しのけてのメインですから、やはり丁寧に口の中をリフレッシュする必要があります。
    そして、先ほどの「行者大蒜」+(ホースラディッシュ)+「アナグマ(の脂)」というこれまた刺激的な味覚の後ゆえ、これとバランスを取る役割を果たしているのが、このグラニテに入っている「シュークルペティアン」……所謂”パチパチ君”と呼ばれる【お菓子(お菓子の原料)】
    これがなかなか良く出来ているのが、舌の上で程良いパチパチとした刺激が口の中をリフレッシュする効果があって、結構しっかりとしたモノを食べた後でも、下にある氷のグラニテの甘さと合わさって、次の料理(メイン)をしっかりと食べる準備をしてくれるのです。

    これと前後して、メインの豚のローストの具合を確認するために市川さんが、銅鍋を持って来てくれます。
    太めのアスパラガスに筍、アーティチョークと共に、大きく切り取られた豚肉と、その皮がこんがりとローストされています。
    後は、この火入れを落ち着かせて、仕上げに入ります。

    メインは「中勢以の豚のローストと、その皮」
    【中勢以】と言えば、非常に有名な「肉屋」さん。元々は関西に基盤があるお店でしたが、最近は東京でも茗荷谷を始めとして幾つかの店舗を持っていてレストランも併設しています。
    以前、三越前にあるコレド室町の地下にある【中勢以のレストラン】で、ハンバーグをランチに食べた事があったのですが、なかなか良い肉だったのを覚えていて、前回、アミューズで「牛肉のカルパッチョ仕立て」が出てきた際にその事をお話すると、どうやら【中勢以】の社長さんと曾村氏がお知り合いと言うらしく、アタゴールでも期間限定で【中勢以の肉】を使ったメニューを出すとの事だったので、それなら折角なので「豚肉」を食べて見ようとなったのでした。

    豚肉のソースとしては、豚肉のジュをベースにしたソースで
    豚肉に絡むシンプルなジュが、かえって先ほどまでの強烈な刺激とは違った趣きで、「豚肉」を食べている事を感じさせてくれます。
    そして、もう一つ、今回の実は一番のご馳走は”皮”
    火でじっくりとローストされて余分な脂が抜けてサクサクとなった皮の美味しさは、(こう言っては語弊がありますが)メインの「豚肉」以上に「豚肉」を感じて、(いつもの如く)”もっとあれば良いのにぃ”という想いを抱くに至るのでした。

    これは少々フランス料理とは違いますが、中華料理の「豚の角煮」、これもしっかりと作り込むところだとやはり【皮付き豚】が無いと作りたくないと言う料理人もいるらしく、確かに、何回かしかない【皮付き豚で作った角煮】はそれはもう、大皿一つ食べてしまいたい位の誘惑でしたから、皮がある・ないと言うことは結構重要な事だと思っています。
    考えても見れば、「皮」「脂肪」「肉」という構造になっている訳ですから、”食べるのに支障がある”というような場合を除けば、やっぱり”皮付き”の方が美味しいのは理解が出来るところではあります。

    そういえば、元々フランスは【ガリアの国】で、豚を喰らってかのローマのカエサルに強烈に反抗していた国なのですから、それこそ美味しい豚料理の宝庫な筈……
    日本では「トンカツ」という独自の改良がなされて日本に根付いた豚肉ですが、よくよく見渡せばフランス料理店でも豚肉を使ったメニューがある方が珍しかったりもするので、”日本人が好む様な”フランス料理としての豚肉はジビエ以上に開拓の余地が大きいと言えるのかもしれませんね。

    (まぁ何が一番美味しいか……と言えば、やっぱり「テリーヌ」や「パテ」と言った”練り物”にはなるかも……と考える自分も、これを書きながら、そう言えば「豚肉」を中心にしてフランス料理を考えた事はあんまり無かったかも……と気付かされたある日だったのです。)

デセール:スフレ プティフール:マカロンとトリュフ  カフェ:コーヒー




    デセールは「スフレ」
    今日のデセールはオレンジを使った古典的なスフレ。オレンジのグランマニエと中のクリームを楽しみながら、急いで食べないと沈んでしまう一瞬の膨らみを味わうスフレ……「今すぐ!急いで!」そんな掛け声が脳内に響くような”一瞬”を味わう一品。
    そんな【刹那的な時間】をも楽しみにするのがフランス人の哲学的思考の様な気もしますが、ただただその一瞬の美味しさを追い求めて行くのは”食いしん坊の甲斐性”などと嘯いてスフレとアイスクリームを猛烈な勢いで食べるのでした。

    コースの後のお楽しみのプチフールは「マカロン」と「トリュフ」
    滑らかなマカロンとサボンカービングの色合いにシンクロニシティ的な面持ちを感じつつ、さっきまで【獣のオンパレード(謝肉祭)】だった事をすっかりと忘れるようなトリュフチョコレートが舌でトロリと溶ける様を味わいつつ、アタゴールの車両に飾ってあるパネル(名古屋JR高島屋のフランス展で飾られたオリエント急行のパネル。アタゴール店内には幾つもオリエント急行を彷彿させるモノがあちこちにあります。)を眺めつつ、そろそろジビエも食べ納めかぁと感慨にふけりつつ、ジビエオフシーズンの美味しいモノを考えねば……と思うのでした。