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2016年10月24日:某氏誕生会【鳩のレーニエ3世風と冠のデザート】@A ta guele (アタゴール)

    何時もお世話になっているワタクシとご同族の(食いしん坊の)某氏が「折角の誕生日、何か美味しいものを食べたい」と言う(大変に緊張する)事をおっしゃったので、何かその方に相応しい・満足して頂くものは無いだろうか……と思案したのですが……相当に大変な事も含むので、果たしてそんな事が可能だろうか?と言う事を含めて、何時もお邪魔しているアタゴールに相談すると「出来るかどうか分からないですが考えて見ましょう」と言う心強いお返事を頂いたので、大船に乗った気持ちで【某氏誕生会】を開催する事になったのでした。

アミューズ:鎌倉トマトとムースのマティーニ からすみの香り 前菜:オマール海老のサラダ仕立て ロゼグレープのソース 



    アミューズは「鎌倉トマトとムースのマティーニ からすみの香り」
    アタゴールの野菜は主に鎌倉野菜を使っていますが、その中でも非常に良く味が利いているトマトをムースとジュレ仕立てにして、からすみの粉をまぶしてあります。
    トマトのムースも滑らかで味が濃いのですが、トマトから出来ているジュレがまた素晴らしく、非常にクリアーな中で味が浮かび上がる仕掛けを楽しみつつ、トマトのアミノ酸の味とは別の魚卵特有のしかも干した感じの独特の感覚がトマトだけでは透き通り過ぎる味に深みを与えて輪郭を与えてくれています。

    アミューズの次の前菜は「オマール海老のサラダ仕立て ロゼグレープのソース」
    ノヴァスコシア産のオマール海老を大胆に頭の部分を大きくカットしてサラダに仕立てて、ロゼグレープフルーツとイタドリの2色のソースで綺麗にデコレーションしてあります。
    オマールの甘さに柑橘系の甘さがまた良く合うのですが、ただ甘いだけの流れでは無くて、イタドリ(すかんぽ)のソースの若干草臭い感じの渋みが、かえってオマールの栗の様な感じの甘さを引き立てるのに一役買ってくれています。

    【味の組み立て方】には、それぞれのシェフ(作り手)の様々な技量や考え方が反映される訳ですが、特に曾村氏の様にオーセンティックな味付けを幹にして、ヨーロッパだけでない様々なスパイスや香辛料をも含めて味に立体感を生じさせるのは、並大抵の事では無いでしょう。

    この日ご一緒した”主賓”の方も、ここまでのアミューズと前菜をいたくお気に召したようで、とりあえずホッとしたのでありました。

前菜:アナグマの黒ビール煮込み



    続いての”前菜”には「アナグマの黒ビール煮込み」

    先月、アタゴールを訪れた際に”メイン”で食べた「アナグマ」
    今回は、”前菜”に「アナグマ?」とまさに”驚天動地”のメニューが繰り出されてきましたが……流石、アタゴールは”ジビエ”をもって名を馳せる店、本当にいとも簡単に「アナグマ」を”前菜”として登場させてきたのでした。
    「アナグマ」をベルギーの黒ビール(シメイビール)で、ここ最近(2016年)日本で注目を浴びだした【ヴァーミキュラー】の圧力鍋で煮込んだ一品。
    (「アナグマ」に関しては、この2016年がアナグマ登場の年月だったのか、それともそれまでの我々が視界不良だったのか、この2016年以降あちこちでジビエとしての「アナグマ」を見る機会が増えました。)
    そして、この【ヴァーミキュラー(vermicular)】どうやら、相当に人気のアイテムらしく、あちこちで入荷待ち(予約待ち)の絶大な人気を誇っていたらしく、(運んで来た山田氏に触らせてもらったが)そのずっしりとした琺瑯の質感と重さから、素人にも「これは凄いや」と分かるようなものでした。

    出来上がった「アナグマ」には、山の幸の「むかご」がゴロゴロと付け合わさっていました。
    今回の「アナグマ」もムッチリとした緻密な肉質には間にゼラチン質が縦横に入っていて、独特の質感でしたが、やはり肉の味としては癖が無く、むしろ「クマ」よりも脂肪に甘さがあって、ちょっとこってりした牛肉と猪の間の様な雰囲気でもありました。
    ここでの”黒ビール”は曾村氏がベルギー公使館付きのシェフだったことからのエッセンスかと思いますが(ベルギーの有名な料理の一つに「牛肉の黒ビール煮込み」というものがある)、シメイビールでは無くて、同じくベルギーのチェリービールでしても面白いかもねと”某氏”は仰っていて、ワタクシも”某氏”も同じく”甘党”なので、「辛口の白ワイン」で煮込もうという話に及ばないよねなどと言う話で何故か盛り上がったりもしたのでした。

お口直しのグラニテ:赤肉メロンのシャーベット メイン:鳩のレーニエ3世風


(左)女優にしてモナコ大公妃グレースケリー  (中央)モナコ大公レーニエ3世      (右)レイモン=オリヴィエ

    さて、前菜に「アナグマ」と言うサプライズな一幕を平らげて、今宵のメインディッシュへと向かいます。

    実は、今回の”某氏”……【グレースケリー】が大のお好みと言う事で、お誕生会のご要望をさりげなくお伺いしたところ「何かグレースケリーにまつわるものを食べたい」という極めて単純明快なお答えを……

    「グレースケリー???」

    と思わず素っ頓狂な声を上げるところでしたが、ここは極めて落ち着いて「何かあれば探しておきますが……何も見つからなければご容赦を」と念押しして、フランス料理関係の本に向かうのでした。
    かくて暫く自宅のフランス本と睨めっこをしたのですが、それらしいものは無し。
    「直接グレースケリーを表すものは無いな」と思いつつ、それでも何か【グレースケリー】にまつわる様な料理は無いかな?と頭を回していると……
    「そう言えば、『辻静雄のうまいもの事典』という本に、モナコのレーニエ3世の名前の付いた料理があったな」と思い出し
    【グレースケリー】そのものではないが、彼女と結婚したモナコ大公のレーニエ3世の名前が付いている料理ならば”某氏”も満足してくれるかな???と言う事で、メインは「鳩のレーニエ3世風(pigeon prince RainierⅢ)」にしよう!と難題は一つ解決をしたのでした。

    【鳩のレーニエ3世風(pigeon prince RainierⅢ)】

    パリにある有名なレストラン「グランヴェフェール」のオーナーシェフである”レイモン=オリヴィエ(Raymond Oliver)”が創作した料理で、【鳩】にアルマニャックを染み込ませて、フォアグラやトリュフ、仔牛や鶏肉などとカイエンヌペッパーなどを詰めたもの。

    辻静雄の表現によれば「たった1羽のはとも、オリヴェの手にかかれば件のごとし。まさにプリンスらしくなってしまうのですから大したものです。」(うまいもの事典P144)とあるように、非常に豪華ではあるが気品ある仕立ての料理。

    これは”誕生日”のメインを飾る料理として不足はないはずでしょう。
    そういう意味では、我ながら良く思い付いたものだと思うと共に、こんな古典的な名菜を今の時代に味わえるとは何と素晴らしい(チャンス)と思ったのでした。

    (【レイモン=オリヴェ氏】は、料理人として著名であるだけでは無く、フランス料理に関する書籍のコレクターとしても知られ、その膨大な蔵書に基づいた緻密な考察から出される料理の数々はフランス料理に多大な影響を与え、ヌーヴェルキュイジーヌの大きな流れを作った人物の一人とも目されている。日本の【醤油】に着目し、【オリヴェソースの本】には、ソースの分類の中に「ソイソース」を入れている。また余談だが希書として日本に出回る本の中には【オリヴィエ所蔵の金色の印】が押されたものが流通する事もある。))



    Menuカードに書かれた「鳩のレーニエ三世風」を見て”某氏”は「これはどなた?」と聞かれるので、「グレースケリーの旦那様で、モナコ大公の方ですよ」とお答えすると、「グレースケリーの旦那様の名前の付いた料理があるとはビックリ!!」と目を丸くされ、続けて、「どんなお料理だろう?」「グレースケリーの旦那様だし」「鳩」……とテンションが上がってくるのを感じます。

    食事の愉しみは幾つもありますが、この様にメニューの文字を見て、「これがどんな形の料理で目の前に出てくるのだろう」と想像するワクワク感と言うモノは、目の前に美味しそうなご馳走が並んでいる時のワクワク感とも違って、その”間(ま)”の高揚感もまた愉しみの一つと言えるでしょう。 ”某氏”もワタクシも見たことがない料理と、その料理が其処まで来ているという事で、「グレースケリー」の話は何処かに、”こういうのかな?””あれが入っているかも?””いやこれでしょう”……そこは【食いしん坊】という同類の同好の士が持つ特有の空気に一瞬で包まれたのでした。

    刹那、「アナグマ」の後、市川氏が仕上げに移る前の「鳩のレーニエ3世風」を持って来てくれました。

    これまた素晴らしい鳩がイチジクの葉に包まれて美味しそうに匂いがしています。中に詰めるもの(ファルス)や付け合わせのガルニも色々と見えていますが、今回のこの「鳩のレーニエ3世風」はフォアグラでは無く、鶏の白レバーを使うという事で、とりわけ見事な白レバーが綺麗なロゼでドーンとその存在感を主張しています。
    市川氏によると、「【気品】ということで、今回はフォアグラよりもあえて白レバーに」との事。
    この見事なまでの”盛り合わせ”に静かに市川氏がアルマニャックを振りかけてフランベします。
    仄白い、青い炎がゆっくりと上がって静かに銅の器全体に火が回って行きます。

    フランベの素晴らしいところは、食材への火入れや香り付けと共に、その演出が、見る者、食べる者に高揚感と期待感を与えてくれるところでしょう。
    ”某氏”もワタクシも、この美味しそうな鳩や白レバーが、フランベの炎で覆われると大いにテンションが上がって行き、 ”某氏”は「燃え上がる美食の炎」とご機嫌も麗しく、「しかもあの見事な【鳩】と【白レバー】、一体どんなに素敵で美味しい事か!!!」と興奮冷めやらず 他方、ワタクシも”某氏”のご機嫌麗しい事もさることながら、件の辻静雄の表現では無いが、ここでフランベが入る事で、否が応でも料理に”気品”が入るものだなと、【料理】のありようにいたく感心をしていたのでした。

    フランベの炎は、【鳩】たちに回るだけでなく、我々にも満遍なくフランス料理の魔術を降り注いでくれたのでした。

    「では」と言い残して市川氏が厨房に引き上げると、代わりに山田氏がお口直しのグラニテを。
    山田氏が持ってきたグラニテは「赤肉メロンのシャーベット」
    普通のメロンよりも糖度が高い赤肉メロンと中に入っているレモングラスが興奮した我々を食事を冷静に味わう”正気”へと戻してくれます。
    グラニテの役割は幾つかあると思いますが、その目的は、メインを味わう際に口の中と気持ちをシャっきりとさせるためですが、今回の様にメインへ向かう一つの山の途中でひと段落をさせるというのも理に適ったグラニテの役割でしょう。
    また、曾村氏は非常にスパイス系・ハーブ系の扱いに熟知しておられ、「メロン」の中に入っていた「レモングラス」の爽快感がこれまた”適量”でピタッと喉の渇きを癒すがごとく嵌るのが流石の腕でもありました。

    グラニテを終え、心静かにメインの到来を待ちながら、やはり先ほどのフランベの話に戻り、過去のあれこれの美食談義が花開くのも、食事を待つ中での楽しみの一つでしょう。

    十二分に落ち着き、心の準備も出来た頃、”プリンス”は優雅に登場したのでした。

    鳩のレーニエ3世風 アタゴール仕立てでございます。」と、何時もと変わらぬ市川氏の声がテーブルに届きました。

    先ほど見た【鳩】と【白レバー】は、その面影も無く、目の前には薄いパイで包まれた三色旗で結ばれた袋状のものと、マカロニのガルニが飛び込んできました。
    てっきり【鳩】の中に詰め物をして、その【鳩】を出してくるのかな?と思ったら、そこは超一流のシェフのやること、一捻りも二捻りもある訳で……あたかも”鶏肉のヴェッシー包み”を意識した様なその姿は、非常にシンプルでエレガントな装いでありました。

    「折角の鳩と白レバーなので、美味しさを逃さないためにも、パイ包みとしてみました。」との事。

    肌理の細かいパイ皮を、ナイフとフォークを入れて切り開くと、それはもうゴロゴロと先ほどの【白レバー】や【松の実】【ナッツ】などがこぼれ落ちてきて、中の大きくザク切りになって、これまたみっちりと、しかし適度に空間が入った【鳩】の身がナイフにかかります。
    また、目立たないように、でも目立ってしまうトリュフがそこはかとない芳香を放つと、【鳩】や【白レバー】に一本の芯が入った様にスッとした諧調に整えられるのが不思議な事。
    フランベの際に盛り上がった我々は、今度は、静かに黙々とナイフとフォークを動かして、その時、口は喋るためのものでは無く、目の前に繰り広げられている美味を残らず感じるための感覚器官としての役割を果たそうと務めているのでした。

    美味しい!!!!それ以外無い!!」

    と”某氏”が発した言葉が全てを表すように、ヌーヴェルキュイジーヌの旗手が創作した伝説的な古典料理である【鳩のレーニエ3世風(pigeon prince RainierⅢ)】は、これまたオリエント急行に乗って世界の貴顕に食事を作っていた曾村譲司氏によって”新しい料理(nouvelle cuisine)”として再構成され、我々食いしん坊の前に姿を現したのでした。

デセール:飴細工「王冠」 




    フランベの炎の様に高揚したメインを終えて、後はデセールを待つ段になりました。
    今回、もう一つ苦心をした、そして曾村氏に御骨折り頂いたデセールは【飴細工】でした。
    今日の主賓である”某氏”は、どうやら何かの本(「家庭画報?」「婦人画報?」あるいは「料理本?」)で【王冠の飴細工】なるものを見たことがあるらしく、”某氏”が顔を出しているお店(フランス料理店・パティスリー)などで「出来ないか?」と聞いた所、どこからも色よい返事は無かったそうで、「どうしたらその姿を見ることが出来るのだろう?」と言う事を以前聞いたことがあったので、今回の”お誕生会”を企画する折、市川氏に相談をしたのだった。

    【飴細工】と言えば……先ほどの辻静雄の「フランス料理の手帖」に「トローニヤ爺さんを知っているかと聞けば、だれもが一瞬ひるんだような顔になって『ウィ』と頷く」と書かれていたのを思い出す。
    何の想像力のなかったと言えばそれまでなのだが、遙かヨーロッパには【飴細工】の素晴らしい職人がいて、その人の元にローマ法王やエリザベス女王からの使者が、それを求めて来訪するという程度で、日本の【飴細工】も結構面白いよなぁ位の認識であった。
    無論、【ヨーロッパの飴細工】と【日本の飴細工】のどちらが優秀などと言う事はもとより無く、どちらかと言えば「料理そのもの」への関心が勝っていただけなのだが、この時の”某氏”の話や、時を前後して、フランスのマクロン大統領の奥方であるブリジッド婦人が、”かのトローニャ爺さんの孫”という事が分かるという何とも奇遇な事が重なって非常に興味を掻き立てられたので、市川氏と相談している際にも、”某氏”の事よりもむしろ”自分”の方が【飴細工の王冠】を見てみたいと言う感じでお願いをしてしまったのであった。

    流石に、この【飴細工】は(”某氏”がなかなか実現出来なかったように)難しいモノだとは承知の上だったので、市川氏の「こればっかりはどうなるか?曾村には話を通しておきますが、何とも」という言葉にも、「もちろん、それは当然な事なので。あくまで希望なので、それは無理をせずに。本当に出来ればという程度で」と言うにとどめる感じであった。

    そんな事であったので、【飴細工】の方は実現は難しいだろうなぁと言うのが実感だったのだが、”某氏誕生会”でアタゴールを訪れてMenuカードを見た瞬間に、デセールに【王冠】とあるのを見て、我が目を疑ったのであった。

    えっ!?出来たんだぁ」

    はい。一応。と市川氏は何時もと変わらない冷静な受け答えであったが

    うわっ! どんなのなんだろう!!!と”某氏”もワタクシも興奮のるつぼとなったのだった。

    アタゴールの店内の電気が一瞬落とされて、市川氏と山田氏によって運ばれて来た”金色のまばゆく輝く王冠”
    蝋燭の揺らめく光を反射して時に鋭く、時に柔らかく、本当に金で出来たかの様な硬質なものが目の前に……
    まさに、これこそ”某氏”が(ワタクシメも)待ち望んでいた【王冠の飴細工】だったのでした。

    オレンジのムースに載った金色の飴細工を(もったいないけれど)崩してガリガリとやりながら市川氏に聞くと
    「(曾村氏は)飴細工の話を聞いた後、一人で籠って色々やっていたようですよ」との事

    目の前の”某氏”は、【鳩のレーニエ3世風】【王冠の飴細工】と続いて、感無量の様子で
    上気した顔で市川氏に「ありがとう。本当にありがとう。」と何度も感謝の気持ちを述べ、「ずっと想っていた【王冠の飴細工】が今日見れてとても幸せ!!本当に素晴らしいバースデーでした。ありがとう。曾村さんにも有難うと伝えてください」とこの上もない上機嫌な声と表情をしていたのでした。

    ”某氏”のこの様子を見て、本当にこの”お誕生会”が出来て良かったと思いつつ、この日の為に色々と骨を折ってくださった曾村氏、市川氏、山田氏、他アタゴールのスタッフの皆さんには本当に感謝してもし足りない位のお祝いをして頂いたなと思いつつ、もし自分が同じ立場であったならここまでの事が出来るのだろうか?と思うと、改めて、曾村氏が率いるアタゴールのホスピタリティの素晴らしさに頭が下がるのでした。

    (ちなみに、”某氏”は、【王冠】を持って帰りたいと宣っていましたが、最後は大人しく【王冠】を平らげて、青白い炎が揺らめいた”お誕生会”はお開きになったのでした。)


”飴細工”は下準備などを含めて相当大変らしく
”出来る人”も限られているそうです。