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2016年08月29日:EUの首都の【三ツ星料理(A la Come Che ZOWA) @A ta guele (アタゴール)

    木場にあるアタゴール(A ta guele)のオーナーシェフである曾村譲司氏は、【ベルギー大使公邸料理人】を務めた後で、当時ベルギーでミシュランの三ツ星であったコムシェソワ(Comme Chez Soi)で勤務をなさっていたとの事で、何度かアタゴールでもこのコムシェソワ風のものを頂きました。また、かつて辻静雄がフランスよりも美味しいベルギーのフランス料理と言う趣旨の事を書いてもいたので、ベルギーの料理を食べてみたいという事でお願いしたのが、今回のコースです。

松茸と鰻の骨のスープ



    「松茸」と言えば、高級食材の代名詞の一つでもありますが、これを美味しく食べるのは難しく、”松茸料理”と言う点ではさしものフランス料理も日本料理に一歩譲るのかな?と思う事がしばしば。
    「某美味しんぼ」辺りの描写でも、外人の食通が松茸を食べて「カビの匂いのするキノコ」などと悪し様に表現していましたが、確かに、松茸の素材そのものがフランス料理の技法とは合わない感じはしていました。
    そう言う事もあり、名うてのシェフでも松茸の扱いに難色を示す話を聞いてもいたので、ここで松茸と遭遇するとは意外な事でもあったのです。
    とは言え、曾村氏も幾多の修羅場をくぐり抜けてきた猛者……きっと何か考えがあるのだろうと思い、「松茸」が入ったスープカップに何が注ぎ込まれるのかをドキドキしながら待ちます。

    支配人の市川氏が「鰻の骨から取ったコンソメをスープにしました」と言って、丁寧に注いでくれます。
    その刹那、「松茸」の独特な薫香が上がってくると共に、カップが黄金色のコンソメで満たされました。

    「某マンガ」の伝による

    良三め、この私に鯛の骨を炙ったものとは…随分粗末なものを寄越すではないか

    となるシーンが瞬く間に脳裏に広がり……

    一口掬います。ニヤリ

    松茸を「カビの匂いがする」と言う表現は大胆ですが、ある意味正鵠をついている部分もあって、独特の匂いが良くも作用し、悪くも作用するのがこの食材の大きな特性でもあるでしょう。
    今回、曾村氏はこの松茸の特性を逆手に取って、「骨」を炙って違う薫香をぶつけて来たのです。
    いや、本当に何も言う事(書くこと)が無い。コンソメの味と匂いを背景に「松茸」と「鰻の炙った骨」の匂いが重なって、「松茸」の木の匂いの嫌な部分が消え去って、”松茸と鰻の骨”の良い匂いが口腔と鼻腔をゆっくりと抜けていきます。
    この合わせ方は素晴らしい。「松茸」と言う高級食材であるから、それに合うように「高級な食材」や「技法」と言う視点では無く、「匂い」しかも「骨を炙った匂い」をぶつけて良い部分だけを抽出すると言うのはなかなかに出来ない事でしょう。
    それこそ、この一品で”メインです”と言われても、納得する一品でもありました。

    ”海原雄山”の「料理はセンスと言うものの……」と、良三が(一時的に)出奔した際に愚痴を言う際の言葉がよくよく分かる一品であったこの「松茸と鰻の骨のスープ」……
    もちろん、その美味しさと曾村氏のセンスに脱帽をしつつも
    「某マンガ」の如く「骨のスープを味わい」、海原雄山よろしく「にやり」と出来た事に喜びを感じる少々ミーハーな自分も居たりした一品目だったりしたのでした。

前菜:鰻の香草風味 



    ”海原雄山”気分でご満悦のところに、これまた綺麗な一品が運ばれてきました。
    それが、何なのか?説明が無ければ一目見ただけでは、何の料理かすら分からない位の美意識に溢れた料理……それは…

    ウナギのコムシェソワ風です

    その様に市川氏に言われなければ、その美しさに見とれていたでしょう。
    そんな2品目は、先代のコムシェソワのシェフであるピエールウィナンスのスペシャリテの一つでもあった鰻料理だったのです。
    正式名称は Anguilles de riviere au bouquet de fines herbes (Anguilles au vert)
    :アンギーユ・ドゥ・リヴィエール・オ・ブケ・ドゥ・フィンヌ・ゼルブ(アンギーユ・オ・ヴェール)
    日本語で訳すと「川鰻の香草風味」と。

    かつて辻静雄が「隠れた美食大国ベルギー」と言った国の三ツ星料理が、今ここで登場したのでした。
    「鰻」は決して日本だけの専売特許ではありません。フランスもベルギーもオランダも食べるのです。ただ、料理法は日本の様に蒸して柔らかくと言うよりは赤ワインをドボドボと入れて煮たり、燻製にして食べたりなので、どちらかと言うと鰻の柔らかい身と脂を食べる料理ではないので、日本人には縁遠く感じるものの一つなのでしょう。
    殆ど、辻静雄が亡くなる直前の監修作でもある「独創ピエール・ウィナンスの料理221」に掲載されているこの料理を自分が食べれるのは(辻静雄を尊敬する自分としては)何ものにも代えがたい幸せでもあります。

    フランス料理だからと言って皮つきのゴリゴリの感じではなく、日本風に柔らかさをを持った鰻のいっかりとした厚さ。それに合わさる爽やかな色調の翠色の香草のソース。
    辻静雄の書いてある本の中での鰻料理の記載は淡々と書かれている部分もあって食欲がそれほどまでに喚起されなかった部分がありますが(「うまいもの事典」)、実際に目の前にした「鰻料理」を見ると、こんな素晴らしい料理だったのか、と感嘆するばかりでした。
    それもそのはず、ローマ法王ですら予約が取れないと言う、ヨーロッパの三ツ星コムシェソワの贅沢で洗練された料理の一つだったからでしょう。

    尊敬する辻静雄の幾度かに亘るベルギーの記載で現れた「鰻料理」と、奇しくも、ベルギーの三ツ星での経験がある曾村氏との奇遇な縁で、目の前に登場する”芸術的な鰻”……
    先ほどの海原雄山的興奮とは違う、厳かな想いで、鰻を口に運び、一つ一つを噛みしめながら静かに料理を終わらせたのでした。
    滑らかなソースの上品さがオゼイユやパセリと言った香草というのを忘れてしまう位の柔らかい味になって、これまたしっとりと軟らかい鰻と馴染む様は、フランス料理の技法ではあるものの、フランス料理らしからぬ「中庸さ」を持ったものに感じられたのは、ヨーロッパの政治・経済・文化の中継地点であると共に、今はEUの首都としてバランスを取り続けてきたベルギーの気質を表わしているのだとも思うのでした。



前菜:トマトのクルビエット お口直し:スイカのグラニテ




    続いて、「トマトのクルビエット(tomate aux crevette)」が運ばれて来る。
    今回のコースでは、幾つか食べたいと想うものを願望としてお願いしていたが、その中の一つが、この「クルビエット」である。
    ベルギー料理を調べていると、必ず、このトマトのクルビエットの写真が出てきて皆美味しそうに食べている。これを何回も見せられたら、やはり食べてみたいと思うのが人情であって、(さほど野菜は好きではないのだが)この一品を組みこんでくださいとお願いしていたのだった。
    ベルギーで食べている小エビは日本で入手は難しかったので、「ボタン海老」でのクルビエットとなってしまったが、それでも甘いトマトに詰められた甲殻類の甘さが引き立って美味しい一品であった。
    カラッと揚げた海老の頭と二つのトマトが印象的だが、欲を言えばもっとトマトを食べたかった(良くあるトマトを山盛りにしてムシャムシャやりたかった)などと言う事は、余りにセンスが無いのであるが、ついつい美味しいものを食べるとその様に思う至らなさを自覚しつつ、まるで何も食べていない人の様な装いで次の料理をワクワクして待つのである。

    夏場の「スイカ」は結構なご馳走である。
    しかし、なかなかスイカを料理に使うのは難しい気がする。スイカ独特の水分が邪魔をして巧く料理として機能してくれないのである。
    そういう意味では、こういうグラニテやソルベの様な形でのスイカの方が収まりが良い。
    凝縮されたスイカの甘さと水っぽさに、砂糖の甘さが加わって夏らしさが広がってくる。
    フェンネルの色とスイカの橙の様な赤い様な色合いがまたスイカらしくて気分が良い。

メイン:伊勢海老のクロケット




    そして、メインの登場となる。
    今回のベルギー風コースのメインについては、色々と悩んだ。
    それこそ、何時もならメインはスパッと決まる自分であるのに、今回は色々と悩んで、まさに優柔不断の極みだったとも言える。
    それだけ、ベルギー料理は魅力的だったとも言えるのである。
    鶏や蛙と言った「白いもの」をワーテルゾーイで食べるのも良いだろうし、「赤いもの」である牛肉や獣の肉をステーキ風にしてフリッツを付け合わせてムシャムシャとやるのも良いだろう……ムール貝や魚を使っても魅力的……
    と言う色々な試行錯誤の上で選んだののが「コロッケ」……”クロケット(croquette)”であった。
    特にベルギーが「エビ料理」の有名な処では無いのは分かっていたのだが、どうもネットで色々と見ていると、(先ほどのトマトのクルビエットもそうなのだが)非常に美味しそうに海老コロッケを食べているのが出て来たのである。
    これは非常にイカンと思いつつ、何かこの素晴らしい美食大国ベルギーと言う格調高い題字に相応しいメインをと想いつつも……やはり頭の中の「海老コロッケ」に負けたのである。
    そういうわけで、今回は「海老コロッケ(海老のクロケット)」をお願いしようという事になったのだった。

    「やはりベルギーの海老は入らないので、クロケットの方は【伊勢エビ】で調理させて頂きました」
    かくのたまって支配人の市川氏は厨房へと帰っていった。


海老で溺れそう!!
口の中がエビ~♪ 蛯~>゜))))彡


    揚げたてのカリッとしたクロケットを食べると、口の中がやけどしそうになる熱々の状態でハフハフとしながら、歯にモリモリと当たる海老の質量……しかもそれが只の海老ではない!!!

    伊勢エビ なのである!!

    それこそ、クライマックスであるPM20時42分に切り札を出す某国民的な番組の様な
    のごとき存在感なのである。

    普通の海老コロッケの口の中で弾けるプリプリ感も堪らないものの一つだが、この大名級・(副将軍級)のラスボス感の持つ質量は、そもそもの身の大きさからも大振りに切られた身を口にするとプリップリッなどと言う形容詞を更に上に行くキュイキュイとした独特の感触が噛み切る毎に押し寄せてくる。
    フランス料理の話でコロッケの話もまたなんではあるが、伊勢エビ丸一匹を使ったコロッケ(クロケット)の破壊力たるや、そもそも自分の貧弱な筆力では如何にも書き表せない程の衝撃をもって我が身に迫ってくるのである。
    無論、これがベルギーの旨さであるという事では無い。例えて言うならば、これがベルギー的な美味しさと言うか衝撃と言う事なのだろう。
    辻静雄が”美食の国 ベルギー”と言っていた事を理解するには、日本で最高の海老である「伊勢エビ」をもってして料理をしなければ伝わらないという事でもあろう。
    この曾村氏のチョイスはそれを”料理をして語らしむ”と言う事であったのだろう。

デセール:黄桃とバニラアイスのフランベ ベルギーワッフル




    「美食の国 ベルギー」を堪能して、デセールタイム。
    最初に出て来たのは「黄桃とバニラアイスのフランべ」
    (例によって フランベの写真は撮れず)
    季節柄、桃が美味しい季節なのでそれをフランベして水分を飛ばしつつ、甘さを凝縮すると言うのは非常な贅沢。
    桃の甘さとバニラの甘さが上品過ぎず、かと言って下品でも無く、普通でも無いと言う独特の甘さを醸し出してくれています。
    「桃」の付け合わせにベルギーワッフルが出てくるのも心憎い演出。
    固めに焼かれたワッフルは街中のワッフルとは違うもので、やはりそこはフランス料理の一品というところでしょう。
    桃を食べ、アイスを食べ、ワッフルで口を戻して……と言う何度目かのサイクルを味わって、デセールは終了……の筈が?

デセール:ショコラ プティフールとコーヒー




    再び、市川氏「グランデセールでは無いですが、ショコラをお持ち致しました。やはりベルギーなので」
    と嬉しいデセールの登場でまたもやニッコリする一時。
    ベルギー=チョコレートと言う図式は今や分かち難く結びついた数式の様であるが、しかしそんな難しい事は関係なく、ベルギーはチョコレートなのである。
    そう言う心理もあってか、ベルギー料理にチョコレートが出ると気分は否応でも新しい顔を貰ったかアンパンマンの様に高揚する。
    コーヒーにチョコレートを浮かべたある種のアフォガードがお洒落である。
    甘いチョコレートを食べ、あるいは、下のコーヒーと溶かして食べるのも素敵な食べ方だろう。

    そして、サロンカーに移ってもう一度。プティフールに「チョコケーキ」+(ガラスに入った)「チョコレート羊羹」が登場。
    それこそ、一連の「桃とバニラ」「ワッフル」「ショコラ」と来ての「チョコケーキ」+「チョコレート羊羹」は、主菓子を食べて御濃茶と言う様な流れ(菓子茶事)にも通じるであろう。
    いや、しっかりと「甘いもの」を堪能した締めくくりでございました。

    思えば、ベルギーは新しいEUの首都……
    首都と言うのは、何でも手に入るし、何でも集まる場所でもある。それゆえ様々なものが混じり合った独特の文物が生まれる場所(時空)になるのである。
    ヨーロッパの様々な美味しいものが集まり、その渦の中で新しい進化をみせる場所である”ベルギー(ブリュッセル)”
    かつてのベルギーで辻静雄が感じたその胎動やワクワク感は、数十年を経てどの様に進化したのであろうか?
    その姿の一端を味わった今回のベルギーコースは、チョコレートの様に甘い姿を見せつつ、また向こうへと黒い背中を向けたのでした。
    今度、またベルギーコースに出会う時はどんな姿を見せてくれるのでしょうか。それを楽しみにして時を待つ事にしようと思った夏の終わりの出来事でした。